2008年12月31日(水)

 2008年は個人的にも、社会的にも、私の人生のうちで最悪の年の一つであった。個人的にあまりよい年でなかったのは、社会的によい年でなかったことと連動していると思う。そしてそれは昨年に起こったいろいろな出来事の結果だった。
 何ごとでも最悪から考える私は、さまざまなことに絶望する心構えは常にできているつもりだが、想像上の絶望と現実の絶望の間には深い隔たりがある。十年ちょっと前、文学の終了時から小説を書き始めたので、世の文学などには関係なく小説を書いてきたつもりだったが、それでも今年は文学に対して本当に絶望した。
 象徴的に言えば、「自死する者たち、実体のわかっている暴力に殺される者たちが、大量に目の前にいるときに、文学は意味があるのか」という、古い問いになる。文学がそこにコミットして何かを変えうるとは思わないが、せめてその意思を、祈りを含んでいない文学は、少なくとも私はもはや必要としていない。
 小説を書き続ける気持ちは変わっていないが、来年からは文学から限りなく遠く離れて、縁を切りたいと思う。むろん、読み物を書く、という意味ではまったくない。今や文学とは読み物でしかない以上、私はそこから遠く離れたいということだ。
 文学が読み物でしかないことと、社会が現状のように思考を停止させて危機に流され、さらに危機を肥大化させてはパニックに陥る、という循環を繰り返していることとは、同根である。そこには言葉がないのだ。記号的なフレーズがひたすらコピーされるだけで、意思を疎通させたいと切望する表現はない。私はこの環境に無縁ではいられないけれど、できるだけ遠ざかり、私の文化を生きたい。
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by hoshinotjp | 2008-12-31 17:20 | 文学