2009年4月14日(火)

 痴漢でわいせつ罪に問われていた防衛医大教授が、最高裁で逆転無罪となった判決。納得がいかない。
 無罪判決が出たこと自体は、おかしいとは思わない。冤罪もありえよう。私も満員電車に乗るときは、痴漢と見なされないようとても気を使う。今回のケースでも、この教授が犯人だと思っているわけではないし、有罪にすべきだったとも思わない(犯人であるかどうかは私にはわかりようがない)。
 しかし、報道で読む限りでは、被害者の供述が信用できないとした根拠に、違和感を覚える。すなわち、
1.痴漢の被害があったのに、途中の駅でいったんドアの外に出る機会がありながら、また同じドアから車両に乗り、被告のそばに立った。
2.しつこく痴漢をされても、自ら防御していない。
 これらの理由で、被告の供述は信用できない、という。
 あんまりだという気がする。これだけで痴漢が無罪になるのだったら、「痴漢はされるほうも悪い」という理屈ができあがってしまう。今後、痴漢をした者はずっと否認し続けるだろう。やった者勝ちだからだ。
「満員電車内の痴漢事件は、被害者の供述が唯一の証拠である場合が多く、被告が有効な防御をすることが難しいため、特に慎重な判断が求められる」という判決での指摘は、その通りだと思う。けれども一方で、証拠がないから、供述が弱いから、というだけで泣き寝入りさせられる状況はおかしい。その対策が示されないまま、被害者の被害の事実が放置されるのであれば、不平等だと言うしかない。確かに冤罪で痴漢の犯人にされてしまう被害も時としてあろうが、そのケースよりも圧倒的に、女性が痴漢に遭っている数のほうが多いのだから。
 痴漢は、それをした者が絶対的に悪い。冤罪事件が多発するのは、痴漢が多いからだ。そして、減らすための対策をあまり施していないことが問題なのだ。
 どうも日本は、レイプにしてもDVにしても、女性への性暴力について、親告罪的というか、被害者にそれを被害とするかどうかの判断を委ねるという姿勢が強すぎる。要するに、自己責任論的なやり方だ。「その気があるなら犯罪として扱いますよ、その代わりあなたにもそれなりの覚悟をしてもらいますがね、どうしますか? 私はどちらでもいいんですよ」とでも言いたげな。平等な扱いを言うのであれば、このような不均衡をなくしてからだ。
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by hoshinotjp | 2009-04-14 23:51 | 社会