2009年11月12日(木)

 平成天皇が即位して20年ということで、昨日、記者会見が行われたのだが、次のような言葉を述べていて、驚いた。
「私がむしろ心配なのは、次第に過去の歴史が忘れられていくのではないかということです。昭和の時代は非常に厳しい状況の下で始まりました。昭和3年、1928年、昭和天皇の即位の礼が行われる前に起こったのが、張作霖爆殺事件でしたし、3年後には満州事変が起こり、先の大戦に至るまでの道のりが始まりました。
 第一次世界大戦のベルダンの古戦場を訪れ、戦場の悲惨な光景に接して、平和の大切さを肝に銘じられた昭和天皇にとって、誠に不本意な歴史であったのではないかと察しております。
 昭和の六十有余年は、私どもに様々な教訓を与えてくれます。過去の歴史的事実を十分に知って、未来に備えることが大切と思います。」
 政治的な言動を一切してはならない天皇が、ぎりぎりのレトリックを駆使して、表現をしている。
 なぜ、昭和天皇のことを引き合いに出しているのか? 私が読んだ限りでは、このままでは、自分も昭和天皇のような立場に置かれるのではないか? 歴史が忘れられて繰り返されかねない現在、非常に不安である、と語っているように思える。
 学ぶべき過去の事件、すなわち繰り返してはいけない出来事として、天皇は、張作霖爆殺事件、満州事変を挙げている。これらの結果、昭和天皇は不本意な歴史を強いられた、としている。つまり、あのような戦争へつながる出来事が政治(軍部主導にせよ)によって起こされたが、それは天皇の名のもとで行われた、そういう過去の歴史的事実を忘れてはいけない、忘れたらまた同じことを繰り返し、天皇の旗印のもとで国民が戦争に駆り出されてしまう、そういう天皇として不本意な事態を自分としては危惧している、と、こう言っているのだと思う。
 日の丸、君が代についても、それらを刷り込む教育をしていると報告した米長邦雄に対し、「強制はよくない」と答えた天皇である。だが、現実は、国や自治体が強制している。それらは、天皇への尊敬の念を育てているかに見せて、じつは天皇を隠れ蓑にして為政者が国民を扇動するための下地を作っているだけだ、ということを、現天皇は不安に思っている。昭和天皇は、結局、戦争責任を不問に付されたが、もし、今度、そのような事態が起こった時には、天皇はなすすべもなく国威発揚の象徴に祭り上げられてしまうのであり、それは国民を戦争へ送り込むことであり、自分の望まないまったく不本意な悲劇であると、現天皇は感じているのではないか。政治的発言を禁じられている中で、ここまで言うのだから、その危機感は相当なものだろう。自分だけでなく、皇太子が天皇になった時にそんな時代が来ている可能性まで想像しての発言だと思う。
 この天皇は、オールド保守主義者という感じである。伝統、国民、その統合の象徴たる天皇、ということには忠実である。皇室に伝わる極秘の儀式については、きわめて熱心である。けれども、ファナティック(狂信的)なナショナリズムや、強硬な外交姿勢、武力保持については、これを嫌う。一方で、見事までに、天皇が政治や統治に関わらないよう、ふるまっている。
 右翼やタカ派の望む天皇と、現実の天皇とは、何と遠いのだろうと思う。
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by hoshinotjp | 2009-11-12 23:31 | 社会