2009年11月30日(月)

 最高裁判所こそ、裁判員制度を導入したらよいのではないか。
 マンション内で共産党のビラ配りをした僧侶が「住居侵入罪」に問われた裁判で、最高裁は有罪を確定させた。
 これがマクドナルドのクーポン券だったり銀行のティッシュだったりを配ったのだったら、絶対に有罪にならなかっただろう。「迷惑行為」ではあるかもしれないが、チラシを配ることが犯罪だと感じる人はものすごく少ないはずだ。
 私のマンションの郵便受けにも、政治や宗教のビラが入っていることはあるし、ビラを郵便受けに入れているところに出くわすこともしばしばだけれど、鬱陶しい、わずらわしいと思ってすぐ捨てるものの、「こいつ、犯罪を犯しやがって、許せん」などとは思わない。
 これが有罪になったのは、「共産党のビラ」だったからにほかならない。反政府的な言動を続ける人間たちを恫喝するために、法的な前例を作ることが目的だったと思われる。つまり、ここで警察や司法がやっていることは、チベットやウイグルで中国政府が行っていること、ビルマで軍事政権が行っていることと、「国家に楯突く言動は封殺する」という根本的な性質において違いがない。
 私は共産党には特にシンパシーを感じないが、こういう、民主化されていない政権が発するような判決を前例として残してしまったことは、民主国家として恥だと感じる。
 裁判員制度は、いわば事業仕分け作業に民間人も加わるようなものである。最高裁といえども、聖域にする必要はないのでは? 少なくとも、こんな恥ずべき判決を出す最高裁なら。
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by hoshinotjp | 2009-11-30 22:53 | 政治