2010年1月15日(金)

 ハイチの地震が気になって仕方がない。ちょうど同じころ、Googleが中国での検閲を解除し、「天安門事件」などを検索すると中国内でもサイトがヒットするようになっていた。そして、google.cnでこんなのまで検索できているという例で、天安門事件での遺体の写真がたくさん掲載されているサイトが示されていた。
 それは一年前にガザが攻撃されたときの写真や、さらに一、二年前のジェニンの虐殺の写真、原爆投下後の広島の写真などとそっくりだった。つまり、戦場の実態の写真だった。
 ハイチの地震でまず想像したのは、そんな光景だった。放置されているに等しいと言っても過言ではないインフラの都市で、阪神淡路級の大地震が起こったのだ。その壊滅の度合は、都市を徹底爆撃されたのに等しいだろう。木造建築は少ないから火事の被害は阪神淡路ほどではないかもしれないが、がれきに埋められている割合は高いだろう。斜面をびっしりと埋め尽くすバラックのスラム街は、街ごと地滑りして土に帰ったという。
 とりあえず、各国の支援や人々の募金により、当面の資金は集まるかもしれない。だが、問題は、迅速にそれらを生かすのが難しいことだ。インフラも万一の備えもきわめて貧弱な都市では、被災地に水を届けることだけでも困難を極める。迅速に対応できなければ、それだけ死者は増えていく。
 私はここ数年、日本社会を目に見えない戦場として考えてきた(そしてそれを「無間道」「俺俺」といった小説に書いている)。平和に日常が送られているように見えて、他国との戦争でも内戦でもない、得体の知れない戦争が進行しているのが、この社会なのではないか、と。それを、目に見える形にしてみたら、とても正視できないようなことが起きているのではないか。その氷山の一角が、3万人を越える自殺者が11年も連続しているという事実だ。ハイチの地震は、死者5万人とも10万人を越えるとも言われている。その数字と比べると、3万人の自殺者という事実がどれほどおぞましいか、少し実感できる。
 ハイチの地震は、脆弱なインフラ、災害時の対策の手薄さにより、その被害の拡大は人災によるものだと言える。この人災は、ハイチという国家だけが負うものではない。アフガニスタンがああなったように、そこには、世界からの無視という要因がある。無視が人災を招く。日本社会の自殺の多さも、かれらが目に見えない存在になっているせいでもある。
 日ごろからボランティアで災害救助に関わるといった訓練をしているわけでもないのだから、せめてハイチに関心を保ち続けようと思う。
 ちなみに、昨日の夜9時のNHKのニュースでは、「小沢氏周辺家宅捜査」翌日の政治状況、がトップニュースだった。10分以上もかけて、何も大きな進展のないことが報じられた。明らかに価値判断がおかしい。地震大国として、ハイチ地震がトップで報じられるべきではないのか。政府の対応と合わせるように、鈍く、内向きだった。もしこれがロスやサンフランシスコで起きた大地震だったら、NHKもトップにしただろう。東京新聞は、昨日の夕刊も、今日の朝刊も、ハイチがトップである。
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by hoshinotjp | 2010-01-15 11:56 | 社会