2007年1月4日(水)

 毎日新聞で「ネット君臨」という興味深い企画が元旦より連載されている。毎日新聞社会部は、この社会をヒビのように分断しつつある細かな境界(差別)の実態を、非常に力を入れて報道している。例の「縦並び社会」を始めとして、重要かつ優れた企画が多い。
「ネット君臨」初回で取りあげられたのが、移植でしか助かる道のない心臓疾患を持つ子どものための募金活動が、ネット(2チャンネルを中心とする)で狙い撃ちされた事件だった。まずは記事を読んでほしい。
 さくらちゃんというその子のための募金に、私もごくささやかながら協力した。私の友人がさくらちゃんのご両親とNHKの同僚であり、この募金を教えてくれたのだ。
「さくらちゃんを救う会」のサイトを読んで、正直なところ、最初は私も複雑な思いではあった。募金の目標額は1億数千万円。ご両親は記者会見をし、各大手メディアに大きく取りあげられ、募金は驚くほどの短い期間で目標額に達した。私は、既得権益層だからなせるわざだと思った。メディアの関係者たちがその優良なネットワークを駆使して募金のお願いを協力に訴えたがゆえに、可能だったのである。それ自体はいいことだが、誰にでもできるわけではないことは確かだ。これが例えば何の人脈もない中小企業の平社員の家庭であったら、メディアがどこまで取りあげてくれるかわからないし、1億円を超える募金を集めるのは絶望的だろう。
 通貨価値のずっと低い地域だったら、この額で一体何人の人間を救えるだろうか、とも考えた。むろん、そう考えたところで、無意味である。この日本社会で生まれ育ったさくらちゃんが、助かる可能性のある移植手術を受けるためには、この額がどうしても必要なのだから。そしてご両親にとっても、これはそのような比較が意味をなさない、絶対的な手段なのだ。
 そう考えて、私は募金をした。ただ、この社会のトップクラスの特権階級に属しているがゆえにこの募金は成立しているということだけは、よく認識しておきたいと思った。私とて大手メディアに多少は知り合いがいて、もしかしたらこのようなケースで優遇を受ける立場にあるかもしれないのだ。
 さくらちゃんのご両親が、ネットで当初から大非難を浴びていることは知っていた。しかし、自宅の登記簿や自宅の写真がネット上にさらされたことまでは知らなかった。自宅前に携帯電話のカメラをじっと構えている者もいたそうだ。
 イラク人質事件の時と同じである。内容はどうでもいい、批判に論理もない、とにかくバッシングできる対象であるなら徹底的に叩きのめして、恐怖のどん底に突き落としてやりたい。そういうネット上の盛り上がりを、「祭り」と呼ぶらしい。
 もはやネットでの誹謗中傷は、ネット上のことに留まっていない。この記事では、やはりターゲットにされた人の個人情報、すなわち本名、夫の名前や勤務先の電話番号、住所、自宅の写真にいたるまで、2チャンネラーによって洗い出され、次々とネット上に公開されていくさまが描かれている。
 もちろん、違法な行為であり、裁判で争われた場合には、2チャンネル管理人が有罪となるものの、行方のわからない当人の元に判決文が届かないという理由で、判決は執行されていない。
 つまり、匿名とは、責任の主体になることを拒否する態度と言える。責任を取らずに、違法な行為に及び、自分たちの力に屈しそうな誰かを叩きのめすというのが、ネット上の悪意の「腕力」ということになる。この社会そのものの前提を拒絶している、ある意味でテロ集団とも言えるし、ネオナチ的な存在とも言える。それらと違うのは、お互いの構成員すら知らず、構成員であることも一瞬一瞬で変化するという、徹底した主体のなさだ。
 この傾向は何も日本だけの特徴ではなく、ネットが爛熟した情報化社会ではある程度共通して起こっていることだとは思う。けれど、悪意の質と、その悪意を発露させずにはいられない異常な執着に関しては、日本社会の問題であると思う。オウム真理教教団は、日本社会のグロテスクな鬼子だったが、2チャンネラー的な集合も私には日本社会のデフォルメされたネガ像として映る。日本社会と表裏一体であり、日本社会が現状のようである限り、切り捨てることはできずにつきまとう存在が、2チャンネラー的集合ということだ。
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by hoshinotjp | 2007-01-04 12:36 | 社会