2007年1月20日(土)

 昼間に買い物に行ったら、納豆は少し売っていたものの、普段の1・5倍の値段が付いていた。バカらしい、と思って帰ると、納豆売り切れ現象の元凶である「あるある大事典Ⅱ」を作ったテレビ局が、納豆ダイエットを証明したデータが捏造(ヤラセと言っていいほど悪質)であると発表、謝罪したとのニュースが。(関連記事、その1その2)。
 この日本社会は狂っている。詐欺まがいの番組(あるある詐欺!)を見て、反射神経だけで納豆を買い占めに走り、報道も含めメディアも販売業者も、消費者のその暴走に遅れまいと必死ですがりついている。納豆がダイエット食で体によいことは常識だし、だからといって集中的に大量に食べるような真似が健康にいいとは言えないことぐらい、大人ならわかるだろう。仕掛けるほうも、消費するほうも、それを報じるメディアも、「三位一体」となって、無思考の集団暴徒と化している。つまり、全員が共犯であるため、誰も外からそれを止める存在がほとんどない。これがいじめとそっくりだと気づかないのか。
 その中で、今回は「週刊朝日」の記者が番組内容について突っ込んだ取材をした結果、でっちあげだったことが判明したという。暴走を止めようという人がいたのである。
 この現象がどうして多くの人の目に常軌を逸した不気味な光景だと映らないのだろう? ジャーナリストでなくとも、ちょっとでも懐疑的な目で見れば、番組の内容が正しいのか、連日納豆が売り切れるという事態は単なるブームと見なして片付けられるようなものなのか、この光景に反応できないメディアたちが正常なのかどうか、といった疑問が湧くはずだ。
 しかし、関連記事その2などを見ると、捏造したテレビ局がすべて悪くて、買いに走った自分は被害者であるかのような消費者のコメントが出ている。なぜ、こんなまるごと嘘みたいな番組があっけらかんと作り続けられるのかといえば、その嘘を鵜呑みにして行動する消費者が大量にいるからだ。騙されてでもいいから誰かに何とかしてもらいたいという人たちが、視聴率を大幅に上げてテレビ局に収益をもたらしているからだ。そんな己のメンタリティを棚に上げてテレビ局を非難する限り、この現象は収まるどころか、まだまだエスカレートしていくだろう。
 おそらく、今度はテレビ局に苦情非難の電話やメールが殺到するのだろう。買いに走った人も、何でもいいから誰かを叩きたい人も。そして肝心の納豆は、ダイエットに効かないのだししばらくは食べたくないと放棄され、消費が減ってしまう。製造業者が心配するように、効果のない食品というイメージが漠然と持たれてしまうかもしれない。
 芥川賞・直木賞をめぐる報道と消費を始め、同じ現象は枚挙にいとまがない。つまり、このファナティックな傾向は社会のあらゆるレベル、あらゆる事象において、日本人の日々の生活を進める原動力となっている。私はそれを原動力として生きるのはごめんこうむりたい。
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by hoshinotjp | 2007-01-20 19:17 | 社会