2007年4月8日(日)

 統一地方選前半の投開票が行われ、結果が出る。
 コメントすることは特にない。きのう書いたことと同じ。
 アイデンティティ(自分は何者であるかという自認)は、自分で作り上げる部分と、他人(社会環境)が作り上げる部分とがブレンドされてできあがっている。他人(社会環境)が作り上げる部分は、単に他の人が自分をどう見なしているか、といったことだけでなく、その社会の根本的な価値観や政治的経済的構造が決める性格も含む。例えば、北朝鮮に生まれれば、偉大なる人のために自己を捧げることが自分自身の最高の充実として感じられる、つまりそれが自分の生きる意味だと本気で見なせる、といったように。
 全体主義を捨て、主権在民となった戦後の日本社会は、アイデンティティのうち、他人(社会環境)が決める部分よりも、自分で作り上げる部分のほうを増やしていった。それぞれが自分に合ったアイデンティティを作ることが、次第に可能になっていった。
 しかし、今は、自分で作り上げる部分が放棄されようとしている。アイデンティティとは他人に作ってもらうもの、と変わろうとしている。ずいぶん前に、「ナンバー・ワンよりオンリー・ワン」だとかいう歌詞の歌が流行ったけれど、本気でそう思うなら、自分で自分のアイデンティティを作らなくてはならない。それはものすごく労力がかかり、自信を必要とすることなので、多くの人が面倒だったりつらかったりしてパスしてしまうのだろう。けれど、一度放棄したら、二度と取り返すことはできない。
 このまま行けば、「自分」という概念はなくなる。巨大な何かと一体化したグロテスクな集団しか、存在できなくなる。意志なんてものも奪われる。それがどんな社会か、世界に目をやれば、いくつも見えてくる。歴史を振り返れば、他人にアイデンティティをすべて決定されることの苦痛を、いくらでも知ることができる。
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by hoshinotjp | 2007-04-08 23:34 | 政治