2007年4月29日(日)

 郵便がどうも異常なことになっている。私の友人でキューバ映画を配給(近いうちにこの映画を紹介します)している人が、試写状を送ってくれたのだけど、いつまでも私のもとには届かない。その旨を告げたところ、数百枚を料金別納で出したのだが、他にも何人か届いていない人たちがいるのだという。別の知人では、届くはずの速達が届かず、仕方なく取引先からもう一度送ってもらったところ、何と3か月もたってから最初に発送された速達が届いたことがあった。郵政公社の人が謝りには来たものの、どうしてこういうことが起きたのか、公式に説明を文書で求めたことに返答はなかったそうだ。他にも、お店の案内が届かなかったとか、同じ会社の同じ部署の2人に出したハガキが、1通はちゃんと届き1通は宛先人不明で戻ってきた、といった話も聞いた。
 年賀状が例年より大幅に配達が遅れたことは、郵政公社自身が認めたとおり。
 2年前のJR福知山線の大惨事は、民営化後のJRが効率よく収益を上げることに邁進した結果だった。それはJRが公共サービスとしての役割を忘れたからという言い方もできるが、そもそも民営化の本質とは、サービスの維持よりも何よりもまず採算を取れ、借金を返すためにどんなことでもしろ、ということなのだから、あの事故は、公共サービスの民営化が必然的にはらむものだったとも言える。
 今行われているいわゆる「改革」は、おしなべてこの路線の延長上にある。民営化された郵便もしかり。民営化で、金融(郵貯)のほうはうまく行っているが、郵便のほうは大変厳しいと聞く。効率化によるサービスの崩壊は早くも始まっているどころか、私がこれらの例から推測するに、想像以上にひどいことになっているような気がするのである。現場は一体どうなっているのか、知りたいところである。
 郵便というサービスは、届かないかもしれないという信用の崩壊のあとは、成り立ちようがないだろう。宅配便業者との競争に負けることになれば、郵便料金は大きく上昇する。それが格差を広げることは言うまでもない。
 これまでの官僚型社会がいいとは思わない。でも、「改革」について、私たちはもう少しわが身のこととして考えて政治に関与すべきではないのか。
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by hoshinotjp | 2007-04-29 23:46 | 社会