2007年5月9日(水)

 高校野球の特待生問題について、伊吹文科大臣のコメントを見て、何だこの偽善はと感じる。強豪校がカネを出して強い選手を掻き集めていることなんて、賛否はともかく、誰もがそれを前提に甲子園を見てきたのではなかったか? 北日本の高校生があれだけ関西弁をしゃべりながら、今まで暗黙の了解だったことを今さら問題視して罰するなんて、罰する側のほうが卑怯に見える。
 高校野球や「巨人軍」に象徴されるプロ野球守旧派には、この手のいい子ブリッコと裏でのやりたい放題とのギャップが日常的に見られるが、私にはそれが野球文化崩壊(日本社会とも言い換えられる)の一因に思える。これはタテマエとホンネといった使い分け文化とは似て非なる、階級の問題である。
「品行方正」を過剰に課すのは、課している側が権威主義を信奉しているからである。そして権威主義とは、既得権が維持できないという危機にさらされたときに、強く打ち出される。権力の維持と誇示が目的だから、選手と権威者の間には厳然たるラインが引かれる。選手たちは「品行方正」を守らせないと自堕落になる野蛮人だが、自分たちは何をしようが権威ある文明人なのだと言わんばかりに。
 私にはこの体質が、例えば「あるべき家族像」を掲げる教育行政のタカ派にも感じられるのである。「離婚後300日以内」問題で、離婚成立以前に夫以外の男性ともうけた子は、これを認めると家族の崩壊につながると言って反対する議員が多数いるが、ではその議員たちは道徳的に非の打ちどころのない家庭生活を送っているのだろうか? その真似をすれば幸福な家族生活が得られるようなモデルケースとなっているのだろうか?
 人にもよるが、多くの一般人は、政治家が道徳的に敬うべき生活をしているとは思っていない。私が新聞社時代にわずかに垣間見ただけでも、カネにせよ性にせよ、一般人の常識とはかけ離れた汚い常識の中で生きている。その連中が「家族の崩壊」を言い立てるのは、その道徳規定が自分たちに適用されるものではないと思っているからだ。禁欲を説きながら、自分は欲にまみれていた麻原彰晃のようなものだ。
 崩壊する家族は、どこかでこの手の権威主義を持ち込んでいたのだと私は思う。家族を普通に暮らせる単位として機能させたければ、「家族の崩壊」を口にする者たちの真似をしないことから始めればよい。
[PR]
by hoshinotjp | 2007-05-09 16:02 | 社会