2008年7月18日(金)

 毎週金曜日の東京新聞夕刊1面で、7月4日より半年間の予定で、「放射線」というコラムを連載している。1、2週遅れになるが、こちらにも転載していくことにする。
 以下、初回のエッセイ。

「嫌がらせの連鎖」
 梅雨時は教育実習の季節である。私が子どものころは、実習の若い先生が来ると、教室が非日常空間に一変するので、楽しみだった。
 その教育実習の現場で異変が起きていると、大学で教えている友人から聞いた。
 友人の教え子である四年生が二人、母校で実習に臨んだ。期間が終わるころ、友人は教え子たちの授業を見学。なかなかいい授業をしているし、担当の指導教諭は「自主的に遅くまで仕事してくれているんですよ」と評価しているしで、安心して引き上げた。
 ところが、実習を終えた学生たちは、顔を合わせるなり悔し涙を流し、次のような報告をしたという。
 いわく、先生(私の友人)が挨拶に来たとたん、指導教諭の態度が豹変して優しくなった。それまでは一人はまったく放置され、授業もろくに見てもらえなかった。もう一人は理不尽なことを言われ続けた。例えば、ノルマを終えたので夜七時に帰宅したところ、翌日には「勝手に早く帰るな。どうせ教師になるつもりもないくせに、もう来るな」などと罵倒された。
 このような、指導教諭による実習生へのハラスメントは、増える一方だという。
 中学高校の教育現場では、親からのクレームや上からの管理、生徒のトラブルなど、教師に過重な負担がかかっていることも現実だろう。だが、そのストレスを、より弱い立場の実習生に向けてしまうような現状は、ひたすら悪循環を繰り返しているだけだ。子どもは無意識に、そんな生き方を真似していくのだから。
(東京新聞 2008年7月4日付夕刊1面「放射線」より)

 この後に大分県教委の唖然とする事件が発覚。ただし、「教育はどうなっているんだ」と腹を立てるのはお門違いだ。教育現場で起こっていることは、日本社会のどの現場でも起こっていることだと考えてよい。ここで書かれた姿にせよ、大分県教委の様子にせよ、私たちのグロテスクな似姿なのだ。他人事のように腹を立てるよりも、今、自分は鏡を見ているのだと思って戦慄すべきである。
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by hoshinotjp | 2008-07-18 21:10 | 社会