2008年9月27日(土)

 党内からも苛烈な非難を浴び、辞任する肚が決まった中山文科相は、開き直って日教組への罵倒を述べ立てたが、国土交通省の抱える課題については、形式的に道路問題に触れた以外は、ついぞ言及されなかった。国交省の行政など、まったく眼中になかったらしい。国交大臣として、日教組をぶっつぶそうとしたのか? 管轄違いでは? 
 そんな人物をお門違いの大臣に据えること自体、有権者をナメている。場違いな大臣のいる省庁は、官僚のしたい放題であり、その結果、国民のためではなく官庁自身のための行政をして狂っていくさまは、ついひと月ほど前、農水省と太田誠一大臣との態度で見たばかりではないか。中山大臣が居座っていたら、同じような事態が起こっただろう。
 これを繰り返して、自民党政権は官僚天国を放置し、社会保険庁のようなあきれた事態を見逃してきた。官僚と「いい関係」を築きたがっている麻生内閣は、昔の自民党のような、官僚の裁量を認める政治を復活させようということだ。
 この内閣には、中山大臣のような場違いの大臣が、他にもたくさんいる。有権者の生活を改善することを優先した内閣だとは、とても思えない。この内閣には、官僚をコントロールする気など本当はないのだ。少なくとも、閣僚の人選を見る限り、首相のそのようなメッセージが伝わってくる。
 小泉元首相が引退し、息子を後継者指名したことに、「普通の親だった」と失望の声がたくさん上がっているが、息子を後継候補に立てると「普通の親」だ感じるという感覚が私には信じられない。そんな「普通」でも何でもないことを、「普通」と言ってしまう社会だから、政界始め、どこへ行っても二世三世があふれる社会となっているのだ。小泉首相自身が議員一族の3世である。彼にとって、「自民党」と「小泉家」は神聖冒さざる聖域だ。「自民党をぶっ壊す」といっていたのは、本当は「経世会(田中派)をぶっ壊す」であり、何よりも大切なのは「自民党」の存続と「郵政民営化」だ。特権階級としての自民党代議士世襲権を放棄するつもりなど、さらさらないことは、前回の選挙でわかっていたはずだ。
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by hoshinotjp | 2008-09-27 23:48 | 政治