2008年10月7日(火)

  ◆ロシアの良心◆
 十月七日は、私が世界で最も尊敬するロシア人ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤの命日である。二〇〇六年のこの日、プーチン政権の闇を暴き続けてきたポリトコフスカヤは、自宅前で何者かに銃で暗殺された。
 四年前に彼女の『チェチェン やめられない戦争』を読んだとき、勇気ある衝撃のレポートに感銘を受けると同時に、その歴史観に驚いた。冒頭には、一五〇年前に書かれたトルストイの小説が引かれているのだが、チェチェン人との戦いを描いたその一節は、現代のチェチェン戦争そのままだったのである。
 明治維新後、富国強兵を強引に実施した日本は、その急激な近代化の矛盾に苦しむことになる。そのときに明治の知識人たちが心の拠り所としたのが、トルストイの徹底した平等同主義だった。そのトルストイは青年時代、途上国ロシアが急速に近代化を進める中で、チェチェン地方を植民地化する戦いに兵士としておもむき、近代化の矛盾を実体験したわけだ。やがて、新興国としてのし上がってきた日露が戦争に至るのは、ご存知のとおり。日本はあの戦争を通じて、ナショナリズムを確立させることになる。
 今、日露の関係はよくも悪くもない。だが、両国とも「愛国教育」を過熱させており、何らかの摩擦が起これば、相手を敵視することもありうる。日露戦争の記憶が召還され、ナショナリズムを激しく高揚させるかもしれない。
 そんな愚かな歴史を繰り返さないためにも、私はポリトコフスカヤを読み返す。
(東京新聞 2008年10月3日付夕刊1面「放射線」)

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by hoshinotjp | 2008-10-07 16:45 | 政治