2007年 12月 10日 ( 1 )

 浦和、素晴らしい。
 今季は試合数の多い過密スケジュールのなか、凄みを帯びたディフェンスを武器としたサッカーでアジアチャンピオンズリーグを優勝したのだが、見ていて楽しいサッカーとは必ずしも言えなかった。それも、アジアチャンピオンのタイトルを取るという歴史のためには仕方のないことだと思っていた。
 だが、浦和の本当の力は、今日のセパハン戦で見せたサッカーなのだ。これほどまでに攻守ともに有機的に「ボールも人も動くサッカー」を浦和が見せたのは、今季初めてである。「ボールも人も動くサッカー」、今や紋切り型ともなりつつあるこの表現をあえて使ったのは、今日の浦和のサッカーは、まさしくオシムのサッカーだと私は感じたからだ。代表でオシム監督が植えつけたことが、その教え子たちを通じて、このクラブワールドカップという大会の浦和で花開いたような気がしたのだ。
 勝利のためにスペクタクルを封じてきた浦和が、リーグ戦からも天皇杯からも解放され、つまり勝利の義務から解放されたとき、魅惑的な美しさを実現した。それがイビチャ・オシム時代の千葉のサッカーをより一層グレードアップしたものと見えたのは、特定の選手だけが目立ったりはしなかったからだ。すなわち、今季、絶対に不可欠であった「司令塔」ポンテがいないために、誰もが自分で責任を負うほかなかったのだ。ポンテを頼りにすることができないぶん、みんなが動き、誰もが状況に応じて司令塔となりえる美しく変幻自在のサッカーが展開できたわけである。
 むろん、相馬の活躍は凄かったけれど、ポンテのようにゲームを作る役割とは違う。ゲームは全員で作っていたのだ。あれだけの才能のある選手たちが、千葉のようなサッカーをしたのだ。
 このひと月、歓喜の後に苦しい期間が続いただけに(オシム監督のことも含めて)、浦和のこの「進化」には深く感銘を受けた。文句なしに今季最高の試合内容だった。ずっと、こういう浦和を見たいと待っていた。ミラン戦はもちろん、来季からもこのような美しいサッカーを常に実現するチームになってほしい。そして、志半ばにしてついえたオシム監督の目指したサッカーを、クラブチームを通して日本に根づかせてほしい。
 メキシコサッカーを愛する私としては、パチューカにもこのようなサッカーを見せてほしかった。だが、パチューカはゲーム中に自分たちの実力が確実に上回っていることを自覚したせいか、自分たちがボールを持っても、選手たちが連動して動こうとはしなかった。私の目には、まだ7、8割の力でサッカーをしているように見えた。その結果、バチがあったのだ。
 そのフラストレーションを、今日の浦和は吹き飛ばしてくれた。
 それにしても、あの日テレのド素人アナウンサー、どうにかならないのか。プロ意識がなく勉強をしない実況は、テレ朝だけでたくさんだ。ごく普通のトラップで、「おお凄い」などと叫ばないでほしい。選手にも見ている人にも失礼である。ピッチ上ではもっとレベルの高い出来事が無数に起こっていたのだ。
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