カテゴリ:政治( 74 )

 明日の総選挙、あえて水を差すようなことを。
 政治が体をなさずに崩壊している現在、政権が民主党に交代することは、今よりずっとましな結果だとは思う(少なくとも「ましかもしれない」と思えるだけでも、ましだ)。私は民主党を支持はしないが、政権交代は望んでいる。その点では私も、ちまたの気分とほぼ同様の気分を抱いている。
 それでも、今の選挙のムードは、やはり異様だと思う。納豆やバナナが売り切れる現象や、WBCで過度に熱狂する現象や、特定の誰かをバッシングする風潮と、基本的に同一に感じる。支持する先が変わっただけで、小泉郵政選挙と体質がそう大きく変わってはいないと思う。
 選挙につきものであった「アナウンス効果」が消えたのはいつごろからだろうか? 小泉選挙、一昨年の参院選、そして明日の総選挙と、常に有権者の指向はファナティックに一方へ偏る傾向を見せている。小選挙区制の特色だ、という意見もあるが、小選挙区制が導入されてから10年近くはこのような極端な傾向は見られていない。これは選挙だけでなく、ここ何年かに顕著な、人々の社会意識なのだという気がする。自分も勝ち組にいたい、みんなと一体となってカタルシスを味わいたい、達成感を共有したい、そのことで自分にも力があることを感じたい、自分の一票に意味があることを実感したい、自分も意味ある存在であると感じたい、という欲求。さらには、むしろこちらのほうが強いのかもしれないが、そこからこぼれ落ちることの恐怖。自分が無意味で孤立した存在になることを避けたい気持ち。選挙とWBCは同一地平上で消費されうるものとなっているのだ。
 もちろん、投票行動において一人一人がまじめに考えていることは疑っていない。けれども、そのさらに底流で人々の気分を支配しているのは、そのような集団的な無意識なのではないか。
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by hoshinotjp | 2009-08-29 22:54 | 政治
 夏休み+仕事でちょっとお休みをしていました。南関東の私の家のまわりでも、今年はついにクマゼミの鳴き声を聞きました。ここまで北上してきたということです。

 横浜市と杉並区で、作る会の教科書が採択された。何だか惨めな気分になる。
 作る会が自称する「自由主義史観」は、「新自由主義的な歴史観」と言い換えてもよいと私は思う。その特徴は3点。
1.「新自由主義」、つまり米国の経済イデオロギーをベースにしている。それは、プロテスタントのキリスト教原理主義によって裏打ちされている。つまり、「普遍的な価値である民主主義と自由経済を世界に広める使命が我々にはある」という、他国への介入姿勢が正当化されている。
2.上記と重なるが、宗教原理主義的な価値観に基づいている。新自由主義下の米国が、自分たちの土地を「神の国」と位置づけているように、日本を神話的な国家と位置づける。
3.愛国教育を目的としている。自分たちの犯した過ちは認めず、とにかく己を優れた過ちのないものとして確立したがる。中国や北朝鮮の行ってきた愛国教育と、基本的には同系列にある。それがいかに現実の歴史とかけ離れているか、手に負えないエゴイストを作り上げるか、それらの国の態度を見ればはっきりわかるのに、自分たちも同じやり方をそっくり真似ようとは、何と愚かなと言うしかない。
 基本的には、新自由主義的な価値観に基づいているという意味で、きわめてアメリカ的な歴史である。終戦時にアメリカが日本にもたらした歴史観が古くなったので、現在のアメリカの望んでいる歴史観に変えましょうと、自ら「空気を読んで」作ったような歴史だ。
 太平洋戦争の開戦が正当化されている点についても、宗教原理主義的な面から説明できる。アメリカが自分たちの宗教原理主義的な使命感に基づいて他国へ介入するなら、介入された側も、アメリカ支配の打倒を訴えるのに、宗教原理主義的な「イスラム聖戦」に基づいて無差別テロを正当化する。日本の侵略や開戦を正当化するやり方も、欧米支配打倒のための「聖戦」という、宗教原理主義的な論理を踏襲している。
 このように、この歴史観には、自分たちの主体性がいちじるしく欠けている。ひと言で言えば、卑屈さに満ちている。「自虐史観」によって自分たちのアイデンティティが失われた、と批判していながら、自分たちも借り物をつぎはぎしてグロテスクなコピーのアイデンティティしか示せないという、非常に虚しい矛盾。強い者大きな者(アメリカ、中国)には相手と同じやり方を真似して対等になろうという、近代化以降ずっと踏んできた同じ轍。この、歴史に学ばない歴史を、子どもたちが教わるという事態を前に、惨めな気分以外のどんな気分を抱けようか。
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by hoshinotjp | 2009-08-18 08:33 | 政治
 自民党は何のために存在しているのだろう?
 麻生首相では総選挙は戦えない、というのはまったくそうだろうとは思う。でも、だったらなぜ1年前、総裁選でこの人を自民党総裁に選んだのか? 麻生太郎という政治家が、首相になったとたん無能へと豹変したわけではない。この人にできることできないこと、どんな人物でどんな政治的判断を下しうるのか、もう何十年も一緒にやってきたのだから、わかっていたはずである。
 にもかかわらず自民党員は総裁に選んだので、私は冗談のように感じた。なぜなら、麻生首相は「選挙の顔」として選ばれたのだから。あのときは麻生太郎なら総選挙に有利だと判断されたのだ。つまり、首相として日本という国家と国民のためにどんな政治をするか、ということなど不問に付されて、選ばれたのだ。そして1年後、麻生降ろしをしたり、都議選惨敗の責任を、などと突き上げたりしている。では、麻生総裁を総裁選で選んだ自民党議員や党員たちの責任は?と問いたい。あまりに安易に総裁を選んだツケが自分たちに回ってきているだけではないか。
 自分の行動の責任とは何なのだろう? 誰一人まともに責任を取らない政権与党が、今の自民公明ではないか。これはつまり政党ではない。誰かも言っていたが、森喜朗首相の時点で崩壊は始まり、小泉純一郎がその崩壊を覆い隠し、でも影では急速に崩壊し、今に至る。
 私は民主党も信用していない。大勝したら、今の自民党のようになるのではないかと思っている。ただ、自民党と違うのは、まだ政権についておらず、権力を掌握していないので、比較すれば「まだ堕落しきってはいない」。それだけのことなのに、政権交代を熱望されて、大勝しそうなムードがあるのは、自民党がもはや存在していないがためと、世が熱狂に流されやすいためとだろう。
 政権選択というが、これは本当には選択ではない。自民党が存在していない以上、選択肢がないのだから。
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by hoshinotjp | 2009-07-16 17:58 | 政治
 都議選で民主党が圧勝したわけだが、今日の東京新聞の特報面は、「民主に旧経世会の“影”」というタイトル。民主党の幹部はかつて自民党の主流派であった経世会(田中派)の議員が多く、政権交代はじつは派閥交代なのではないか、という視点で今の政治情勢を考えてみるという企画だった。圧勝した翌日にこのような記事を出すことに、私はメディアの正常なバランス感覚が働いていると感じた。熱狂に冷や水をさす、というのが、今のメディアの重要な使命だと私は思っているからだ。
 東京新聞は普段、政権交代に積極的な姿勢を示しているが、にもかかわらず、世が浮かれすぎて、まるで4年前の小泉郵政解散選挙のときのような熱狂が出現しかねないとなると、あえて冷や水を浴びせてみる。これは、4年前の過ちを社会が繰り返さないために、欠かせない行為である。メディアが一緒になって浮かれたら、それは報道の死を意味する。
 もう一つ、繰り返されないことを望むのは、どこかの週刊誌の見出しにもあったけれど、日本新党の愚行だ。細川首相は実にあっけなく政権を放り出したが、何となくあのときの細川首相と似ていなくもない鳩山由紀夫が仮に首相の座に着いたとして、困難にぶち当たったとき(現状の日本ではぶち当たるに決まっているが)またしても放り出したりないだろうかという懸念はある。ここ数年の首相を見てもわかるとおり、二代目三代目の政治家は、その放り出す感覚が皆同じようだから。麻生首相がこのまま総選挙を貫徹したら、自ら放り出さなかったことだけが、その業績となるかもしれない。
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by hoshinotjp | 2009-07-13 23:40 | 政治
 鳩山邦夫・前総務大臣が、「自殺はDNAのなせるわざ」という趣旨の発言をした。大学で研究してほしいとまで述べた。
 自殺で苦しむのは、その遺族や親しかった関係者である。その人たちが、自分のせいで死なせてしまったと自責の念にさいなまれ、喪失感で自らも死にたいという思いに苦しんでいることを、このお坊ちゃんにはまったくわからないらしい。まるで迷信のようなこの偏見に満ちた言葉が、その人たちをどれほど傷つけることか。自殺が多いのは、あなたがその閣僚を務めもした党の統治してきた社会のせいであることは明白ではないか。この10年、自殺者が3万人を超え続けているのは、自殺の遺伝子を持った人が増えているせいだとでも言うのか。遺伝子のせいにするのは、究極の「自己責任論」すなわち責任放棄である。この発言が政治的無責任と差別以外の何ものでもないことを、この政治家はまったく知らない。そこまでおめでたいボンボンだから、郵政で対立するまで、似たような、下々の皆さんとは無縁の人物である麻生首相の盟友でいられたのだろう。政治をするのも、犯罪を犯すのも、自殺をするのも、これすべて血筋、というような人間観が透けて見える。恥を知ってほしい。
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by hoshinotjp | 2009-07-12 23:48 | 政治
 政治家の与謝野馨氏と渡辺喜美氏が、それぞれ迂回献金を受け取っていた件が発覚。西松建設事件のときに誰もが思ったであろう、この程度の脱法行為なら自民・民主問わず、どの政治家も多かれ少なかれやっているだろう、という感想が、現実に表面化しただけのことだ。全部一律で秘書を逮捕すればいい。そして総選挙までにすべての議員の迂回献金を洗い出せばいい。そこまでしたら、東京地検特捜部も評価を得られるだろう。
 東国原・宮崎県知事は国会議員になりたくて仕方がないらしいが、あれだけのことを言って知事になりながら、一期目でもう二度も国政への意欲を示すとは、ずいぶん飽きっぽくて不真面目な人だなあという印象を与える。がんばるときはすごくがんばるが、飽きたらちゃらちゃらしているのだろう。
 問題は、そういう不真面目で人を舐めたような政治家でも、何かしら目立ったり元気がよかったりタレントだったりすると、有権者はその人になだれを打って投票してしまうことだ。どこかのアンケートで、首相にしたい人ナンバーワンが舛添厚労大臣になったというのも、私は首をかしげざるを得ない。そりゃあ、首相の近くに並べば、誰だってたいていはやり手に見えるというのはあるかもしれないが、だからといって、どうも叱るポーズばかりできちんと官僚を掌握もしていなければ、むしろうまく乗せられていて、忙しくしているわりにはきちんとした成果は上げていないこの大臣を首相にしたら、私たちはまた誤った選択をしたことになるんじゃないか、という気がする。
 そうやって、自分たちが軽薄な人気投票みたいな態度で、政治家を支持したり投票したりしておきながら、無能な首相が誕生すると、まるで被害者のように怒っているのは、どうなのか。選んだのは自分たちだ。この四年間の無力無能な内閣たらい回しも、郵政解散選挙などというおためごかしに引っかかった自分たちにも責任の一端はあるのだ。その反省をしないと、また引っかかって、自分たちが泣きを見ることになる。
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by hoshinotjp | 2009-06-24 17:43 | 政治
 郵政民営化が妥当かどうかとか、西川社長は続投すべきかどうかといった問題とは別に、鳩山邦夫氏の言動を見ていると、この人はつくづく信用できない政治家だという思いばかりが募る。
 鳩山邦夫氏は、麻生首相が当初は西川社長を替えるつもりだったことを示す証拠として、麻生首相から新人事案を書いた手紙をもらったことを公表した。これは、前回の日記に書いたとおり、すでに報道されている話ではある。ただ、記者団の前で公言するのをテレビで見て、邦夫氏が法務大臣時代に「友人の友人がアルカイダでバリ島のテロ事件にも関与したと聞いた」といった話をして、法務大臣の発言としてどうなのかと批判を浴びたときと同じだなと、私は感じた。政治家の発言としては、あまりに軽々しすぎる。自分を正当化するためなら、平気で舞台裏の情報もばらしてしまうんだな、と思ってしまう。これでは、誰ともまともな交渉はできない。
 一方でこのような報道もある。麻生首相が示した、西川社長に代わる人事案を、総務省の幹部にそのまま渡して対処を任せたというのだ。総務大臣の権限と政治生命を賭けるほどなら、社長交代を実現するよう、なぜ自分でもっと骨を折らなかったのか? 政治力がないどころか、他人任せすぎやしないか。だから小泉元首相らにあっさりと覆されてしまうのだ。
 政治家としてすべき努力もさして行わず、その上で自分の意に沿わない結果になったら、認めないと言い張る。そして他人のせいにする。ただのわがままな若旦那ではないか。私の目には、麻生首相と同じぐらい、軽薄な政治家に見える。
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by hoshinotjp | 2009-06-16 20:57 | 政治
 鳩山邦夫総務大臣の辞任(罷免)、世間では勇ましいことのように評価されているようだが、私はまったくそう思わない。
 鳩山大臣は子どものころから切手収集が趣味で、兄・由起夫とともに、中央郵便局へ切手を買いに行くのが楽しみのひとつだったという。郵政という制度や郵便局の建物をしきりに昔のまま保存したがる心性には、その強い愛着もあるだろう。以前にもこの日記で書いたが、鳩山邦夫代議士は、じいちゃん(鳩山一郎)の作った政治は立派なものなんだから下々が勝手に手をつけるな、変えることまかりならん、そんな輩から政治を守るのが俺の役目だ、とでもいうような、風紀委員気取りの政治家だと私は思う。だから、とにかく旧来の体制を変えたがらない。そして、何様だと思うような上から目線で、叱りつける。こういうのを「信念」だとか「正義」と呼べるのだろうか。今回は、たまたま相手がかんぽの宿問題の責任もとらない西川社長という、誰が見ても理のない「悪者」だったから、世は支持してくれているだけのことだ。
 報道によると、「もともと郵政民営化には反対だった」と公言した麻生首相は当初、西川社長を替えるつもりで、鳩山大臣に命じ、指名委員会へ新人事案を実現するよう働きかけていたという。だが、小泉・竹中コンビが逆襲、各委員を説得、指名委員会は西川社長続投を決めた、というのが経緯のようだ。
 むろん、それを拒む権限は総務大臣にある。だが、総務大臣はそれを実現するための政治で政敵に負けたとも言える。麻生首相ともども、政治力を欠いていたせいだとも言えるのである。両者とも、俺が口で言えば誰かがやってくれる、という坊ちゃん体質がしみついていたのではないか。
 邦夫氏が自分の思い通り行かないとむくれるのは昔からで、いったんは自民党を出て新進党に加わり、さらに離れて兄と民主党を結党したのに、民主党のリベラルな体質が肌に合わずに浮いてしまうと、さっさと抜けて自民党に戻り、同じ「保守本流」の子孫である麻生首相と組み、しかしまた自分の言い分が通らなくなると「自民党抜けるかも」と言って兄との連携を示唆する。一貫した信念の人のとる行動だろうか? 一貫していることがあるとしたら、「じいちゃんの作った保守本流を立て直す」ということぐらいで、一般人の生活ための政治とは遠く離れている。
 今後は、民主党入りするのかどうかが焦点となる。麻生内閣誕生の中心だった邦夫を、すぐに民主党入りさせたら、鳩山兄弟による公党の私物化と批判されるのはあたりまえだろう。さすがに党首以外の党員が拒むと思うが、もし手を組むようなことがあればそんな政党は解体したほうがいいと私は思う。
 有権者も、あえて罷免を選び涙を見せて「正義はまかり通らない」と口にするようなスタンドプレーに引っかからず(あれは演技でイエローカードだ)、これまでの言動の総体で政治家を評価すべきだ。さもないと、小泉首相の郵政選挙のときのように、その場の絶叫に簡単にだまされてしまうこととなろう。
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by hoshinotjp | 2009-06-13 12:43 | 政治
 核実験を行う北朝鮮もさることながら、このようなやくざ外交を黙認した中国、ロシアの責任も重い。例の「人工衛星」、つまり長距離ミサイル騒ぎの後の、国連としての対応である。様々な利害関係と状況を自分に有利にするための戦略として、ロシアと中国は北朝鮮を温存したのだろうが、それにしても歴史の何とも愚かな過ちを繰り返しているようにしか見えない。国連で厳しい対応を取れないとなると、各国独自の軍備強化を許すことになるのだから。
 この源流にはさらに、中国自身のチベット弾圧が国際社会から結局は厳しく制裁されなかったこと、ミャンマー(ビルマ)での軍事弾圧事件に対しても中国らの反対で国連が厳しい対応を取れなかったこと、がある。これらは東・東南アジア地域を不安定にする態度でしかない。中国政府がこのような外交を続ける限り、東アジアの将来は暗い。
 東アジア文学フォーラムで中国文学を垣間見ても、文学が半ば強制的に国家に奉仕していた時代から、文学がたんに国家経済に呑み込まれて骨抜きになっていくような印象を受ける。アンダーグラウンドの力さえも失ったというか。もっとも、これは他国のことを言えた話ではなく、日本や韓国はその意味では先を行っているわけだが。
 そんな中で今読んでいるインドの小説はすごい。本当に度肝を抜かれ、同時に、自分が自分であることがいやになるほどの、強烈な打撃を食らった。目を覚ましなさい、さもなくばそうやって死んだままでいなさい、と顔を鋭くはたかれているような。この力、このエネルギー。やがてちまたにも紹介できるのではないかと思う。
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by hoshinotjp | 2009-05-26 00:56 | 政治
 舛添厚生労働大臣は、新型インフルエンザは弱毒性という報告があったので柔軟な対応を検討する、と表明したが、何をいまさら、である。さんざん見当違いなスタンドプレーを続けておいて、ただカネを無駄遣いし、社会を混乱させただけではないのか?
 鎖国してるわけでもなし、新型インフルエンザが拡大するのは時間の問題で避けられなかったと思うので、現状が異常事態だとは思わない。政府がどうあがいても、こうなるのは仕方ない。誰の責任でもない。
 それを承知であえて言えば、あそこまで過剰な水際作戦をして人とカネをつぎ込み、大げさに危機をあおり立て、社会に混乱をもたらしておきながら、水際作戦で漏れたケースを想定もせずに気づいたらすでに感染は拡大していた、というのは、明らかな失政ではないのか? 自分たちが冷静さを失って、ありうべきケースの検討を怠り、現状を正確に把握できなかったのだから、担当能力に欠けていたと言うほかあるまい。感染が拡大したのは政府のせいではないが、感染拡大を把握できなかったのは政府の責任である。このことはきちんと検証されなければならない。今の政権と官庁は、何が現状にとって必要な情報なのかを判断する能力が、いちじるしく欠如している。
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by hoshinotjp | 2009-05-19 16:24 | 政治