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 今年はこのサイトにあまり労力を割けず、日記に書いた分量も少なかった(ワールドカップ時期を除いて)。
 忙しかったせいもあるが、この日記を書くことに迷いが生じているためでもある。ここで意見を書いても、読者のタイプは、この意見を読まなくても同調してくれる人か、最初から批判したくてうずうずしている人たちという、二種類に大別されてしまうような気がしているからだ。住み分けた中で意見を発していくのはとても虚しい。住み分けのメンタリティを崩すための言語が文学であり、まがりなりにもこの日記は文学の末席から書いているつもりである。言語状況が今のようである以上、この虚しさから逃れることは不可能ではあるものの、このような日記の書き方は限界に来ていると思う。
 来年後半以降から、このサイトの在り方についても、もう少し考えたうえで、徐々に変えていきたい。止めたり縮小したりするつもりはないので。
 ということで、今年も見ていただいてありがとうございました。来年もよろしくおつきあい願います。
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by hoshinotjp | 2006-12-31 11:13 | 身辺雑記
 だいぶ空いてしまった。来年4月ごろまではこのペースになると思う。
 あまりの暖冬に、近くのシャクナゲが狂い咲きしている。ウンカとかテントウ虫とかカメムシの姿も見る。
 今年は仕事は例年どおりにこなしたけれど、気分的にはここ10年ぐらいで最も低調だった。疲れ切っていたというか。小説を書いていて、2度目の厳しい時期だったかもしれない。底を打った感があるので、おそらく来年は徐々に上昇していくだろう。大学教員の仕事が終わるので、自分のペースで執筆もできるようになるし。
 実は1997年にデビューしてから、専業作家であったのは書き下ろし作品に取り組んだ2003年の1年間だけである。それ以外は、常に何らかの形で教える仕事に就いてきた。もちろん経済的な理由による。来年からはようやく、念願の専業作家になれる。何が嬉しいと言って、自分の好きな本が読めること、外へ出てフィールドワークをする時間が取れること。ここ数年は自分へのインプットがなくて、次第に苦しくなってきたのだ。
 時間を掛けて蓄積しないと、堕落する。少なくとも今後10年は小説に専念していきたい。
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by hoshinotjp | 2006-12-29 16:32 | 身辺雑記
 知人のはからいでトヨタカップの決勝を見に行く。見に行った結果、私はバルサ・ファンではないことが確認できた。ロナウジーニョが入団してからのバルサに対しては好意的だし、時にはそのファンタジーに恍惚となったりもするけれど、やはり元マドリディスタとしては身を預けて応援する気にはならない。
 私の前のほうの席には、バルセロナから来たと思しきカタルーニャ人のおじさんが、大声を張りあげてバルサのチーム歌や応援歌を歌っており、ナマのあれが聴けたのは収穫だったけれど、周囲にも盛りあがるよう求めると、大半がバルセロナびいきの日本人たちは一緒に手拍子を打っていて、私は少し苦々しい気分だった。だから、インテルナシオナルが勝った瞬間は、思わず拍手した。
 いや、私のそんなあまのじゃくな気分などどうでもよい。インテルのサッカーは本当に素晴らしかったのだ。準決勝でアメリカにこのようなサッカーをしてもらいたかったのに、かれらはひ弱だった。対して、インテルはしたたかだった。立ちあがりからすさまじいプレスを掛け、カウンターとなるとブラジルらしい個人技を交えてボールをよく回し、人もボールも大変よく動くサッカーをしていた。運動量がバルサとは違った。アメリカもこのぐらい動くべきだった。
 ブラジルの底力と言うしかない。選手個々人の能力がバルサより劣ると言われていたけれど、実際に目の前で見るとブラジルの選手はめちゃくちゃうまいのである。南米勢3連覇というが、正確にはブラジルのクラブが3連覇だ。
 バルサは昨シーズンほど強くはないことが、この局面でまた露呈してしまった。チャンピオンズリーグでの苦戦は、たまたまではないのだ。それなのに準決勝でアメリカ相手にいかにもバルサらしい奔放なサッカーで大勝したことが、決勝ではマイナスに働いた。あの大勝により、危機意識が低下したはずだ。南米チャンピオンのブラジルのクラブには、チャンピオンズリーグ決勝に臨むぐらいのモチベーションで向かわないと勝てないだろう。インテルのあまりにも厳しい守備に、バルサは持ち味のダイレクトパスをほとんど使えなかったが、もし事前にこのような闘いになることを予測していたら、手詰まりを打開する能力はあっただろう。事前の意識がどこか緩んでいたと思う。
 素晴らしい試合をスタジアムで観戦できたことに感謝したい。
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 教育基本法臨終の日。法律の内容もさることながら、法の精神自体の転換が、変えたい者たちの目的だろう。国旗国歌法も、日の丸君が代を国旗・国歌として法で定めたことよりも、教育現場を始めとして、日の丸君が代を尊重しない(公の場で歌わない・起立しないなど)者を取り締まり罰することが、法制定の狙いだったと思えてくる。同じことが、教育基本法にも言えよう。教育の現場を整備するとともに、国民が教育を受ける権利と自由を保障するための法だったものが、国家機関が教育を統制して国民の教育に対する自由を制限するための法に変えられたのだ。「愛国心」のことも、そのような体質の法律の中に置かれるから強制となる。
「愛国心」「国を愛する心」は抽象的で、実際には内容がない。自由を制限する法の中で、その内容を決めるのは、教育者や親や生徒ではなく、国家である。だから、国民は何を愛さねばならないのかわからない、何を愛さないでいると罰せられるのかわからないという恐怖を、意識には登らない潜在的な部分に植えつけられることになる。
 おそらく憲法も同じ方向で変えられることになるのだろう。すなわち、国民の権利の保障から、国民の権利の制限・国家権限の増大という方向へ。
 だが、世論調査などを行えば、教育基本法も憲法も、自民党公明党の提唱する方向へ変えることに賛成の者が、半数前後を占めている。自分たちの権限が奪われて、既得権益層(親や祖父母から与えられた経済的政治的社会的権益を当然のものと見なし、庶民とは違う階層であるという意識を持つ者たち)の権益を守るだけでなくそれをさらに増大させ、国家の権限が視野に収まらないほど幅広く拡張されていっているのに、有権者・国民の半分はそれを望んでいる。既得権から排除されつつある者たちが、なぜ自分たちに不利な状況に変わることを望むのか、そのメンタリティと構造を考えないと、この憲法改変の流れは変わらないだろう。
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by hoshinotjp | 2006-12-15 23:54 | 政治
 いくつか、サッカーのこと。
 クラブ・ワールドカップ、アメリカ対バルサ戦を見て失望。アメリカには、たとえ負けるにせよ、メキシコ・リーグの質の高さを見せてほしかった。だが、実際には内弁慶で世間知らずで世界に対してはまったく不慣れであることを露呈してしまった。アメリカはまず守備的にスタートするという腰の引けた選択をした結果、最後まで自分たちのペースをつかめなかった。動きは硬く、常に後手に回って己を見失っていった。最初から攻撃的に来るバルサのようなチームには、それを呑み込むほどの勢いで攻撃してほしかった。アメリカが自信と落ち着きを持ってプレーしたら、もっと好勝負になっただろうに。能力の差は点差ほどなかったが、経験とメンタルの差があまりにも開きすぎていた。
 アジア大会女子サッカー決勝は、北朝鮮が圧倒的に強かったけれど、魂の籠もったいい試合だった。男子代表に欠けているものが、女子代表にはあって、見ていてのめり込んでしまう。日本も守備を中心に進化しているけれど、北朝鮮は五輪予選で日本に完敗して以来、ものすごいモチベーションでそれを上回る強化しているようだ。すさまじい緊張感の試合だった。PK戦での負けは、試合内容を考えればやむをえないだろう。名選手ほど大舞台でPKを外すが、今回は澤の番だった。
 来年の3月には、女子ワールドカップ出場権を賭けての、対メキシコ戦が行われる。4年前と同じ対決。4年前にも国立競技場に応援に行ったが、また今回も行こうと思う。メキシコ応援グッズを買ってあって、メキシコを応援したいところだけど、今の女子日本代表は好きなので、日本を応援する。
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キューバ映画祭のお知らせ。すでに開催されていて、15日(金)には終わってしまいますが……
公式サイトhttp://www.action-inc.co.jp/cuba/
取り急ぎ。
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by hoshinotjp | 2006-12-10 18:32 | お知らせ
 浦和レッズ、年間初の王者。5人ものブラジル生まれブラジル育ちをそろえるチームなのだから、王者になるべくしてなった。でも、今期の内容には不満である。次第に守備的になり、退屈になっていった。結局はワシントン頼みだったし。ワシントンが家長だかのシャツを引っぱり倒してイエローカードをもらったとき、審判に懸命にお辞儀して謝っているのが可笑しかった。
 横浜FC、柏の昇格は順当。神戸には申し訳ないが上がってほしくない。楽天は何か勘違いをしているから。かつての黒白にユニフォームを戻したら上がれるかも。
 夜はつい、フィギュアNHK杯女子のフリーを見てしまう。浅田真央があまりに簡単にジャンプを飛ぶので、他の選手が鈍くさく見えてしまう。羽毛みたいにふわっと浮いて、くるくると回って、ふわっと着地する。来年オリンピックがあればよかったのに。
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