<   2007年 07月 ( 13 )   > この月の画像一覧

 参院選、自民党が歴史的大敗。それでも党の最高責任者である総理が首相続行を表明するという、これも歴史的に異様な事態。安倍首相の言い分を翻訳すると、私には次のように聞こえる。
「俺は教育改革や憲法改正がやりたいんだ。それが得意なんだ。年金問題なんていう俺には直接関係のない問題で負けたのはとばっちりであって、本当の負けだとはとうてい認められない。だから悪いけど辞める気はないね。参院選、投票した人の気持ちはわかるけど、衆議院議員とは関係ないからね」
 この人の特質は、他人の気持ちがわからず冷たいこと、言葉などどうにでもなると軽視していること、だろう。
 選挙で負けた理由を本当に考えるよりも、どうして俺は理解されないんだ、なぜ俺の得意分野を見てくれないんだ、とそのことばかり考えているように見える。
 安倍首相はしばしば、問題視されている大臣について、「任命したわたくしにも責任がある」と言っているが(今日も言った)、「責任」とはどういう意味なのか、まったくわからない。そう口で言うだけで、それを受けて何かを変えるという態度はどこにもないからだ。
 議会の形式を繕えば何をしてもいい、責任という言葉を口にしていれば実態はどうでもいい、約束とは後からいくらでも変えられるものだ……。どこを取っても、この人には、言葉できちんと信用を築いていこうとする意志が窺えない。そういう生き方をしてこなかったのだろう。「身分」の違う人には必要のない努力なのだろう。
 ただ、衆議院選が行われるまでは、首相が退陣しようが続投しようが、自民党・公明党が政権を維持することには変わりがない。あとは有権者の意識がどれだけ持続するかにかかっている。瞬間的に熱狂しやすい今の日本社会では、選挙が終わってしまえば、安倍改造内閣でちょっと目新しい人事が行われたりすれば、簡単に支持が上がっていくような気がしないでもない。そうやって、有権者が舐められて、選挙や議会という民主主義が失われていくことにならないよう、有権者自身が自分の投票行為に責任を持ち続ける必要があるだろう。

 ところで、サッカーのアジアカップ決勝戦、イラクがサウジアラビアを破って初優勝。見ていてじーんと来た。イラクのサッカーは強かった。日本がもし決勝に出ても勝てなかっただろう。イラクは、日本に欠けている高いモチベーションと鋭い出足に満ちていた。明らかに日本戦の勝利でカタルシスを得てしまったサウジは、勝負への執念で負けていた。
[PR]
by hoshinotjp | 2007-07-29 23:51 | 政治
 サッカーのアジアカップ3位決定戦、歴代でも稀に見る盛りあがらなさの日韓戦。私の感想は基本的に準決勝と同じ。オーストラリア戦後半からのゲームをそのまま見続けている感じ。ともかくこのチームは10人の疲れはてたオーストラリアを攻めきれなかった時点でもう限界なのであって、大会中にあれを超える進歩は難しかった。加えて、移動のトラブルもあり、疲労は色濃くなるばかり。だから、内容的に新たな発見もない。それでもこの試練の状況で勝ちをもぎ取れれば収穫はあっただろうけれど、それもなく、同じ反省をするだけだろう。
 退場者が出て足がつりまくっている韓国相手に120分で勝ち越せなかったのだから、PK戦は負けたほうがいいと思った。この試合内容でPK戦に勝ったら、考えるべき課題が水に流されかねないから。
 ワールドユースを見ていた誰もが思うだろうが、今のフル代表に欠けているのはU-20世代にみなぎっていた覇気であり、かれらが北京五輪を経てやがてフル代表に入ることが、2010年のワールドカップまでには必要となってくるのではないか。
 ところで、朝青龍、引退すべきだ。腐りきった相撲協会が、朝青龍のような横綱を作った面も大きい。相撲協会も、社会保険庁同様、解体して出直さないと、やがて相撲は存続が難しくなるだろう。やはり私は大相撲をもう好きになることはできない。
 先日文庫になった『毒身』収録の「毒身帰属」という短篇は私が2001年に書いた作品だが、その中に「横綱琴光喜」が登場する。まだ貴乃花も引退せず、大相撲ファンだったあの時代に私は、あと1年後ぐらいに琴光喜は横綱になるだろうと、大きな期待と確信を抱いていたのだ。諦めずに大関になったのは偉いと思うけれど、やはり「今さらね」と白けた気分はぬぐえない。大乃国みたいな力士なのだろう。
[PR]
 梅雨入りの時期を見誤ったため慎重になっているのか、気象庁は関東地方の梅雨明けをまだ宣言していないけれど、事実上、晴れがスタートした24日(火)が今年の梅雨明けだと私は思っている。
 かつて選挙の報道には「アナウンス効果」というのがつきもので、事前に「優勢」と書かれた候補がもう安泰だと見なされて、実際の投票では票が他の候補に回ってしまい、優勢ではなくなってしまったりした。だから、今回の参院選も、中間情勢が新聞で書かれ、自民党がよくて40議席、公明と合わせても与党過半数割れの勢い、などというのを見て、私は揺り戻しがあるだろうな、とまず思った。野党が確実に圧勝するなら、入れたい候補もいないし、白票でも投じるか、などと典型的なアナウンス効果の反応をした。もちろん、思っただけで、私は情勢にかかわらず、自分の決めた候補に投票するけれど。
 しかし、2年前の「郵政解散選挙」を始め、どうもそういう時代は終わったらしい。すなわち、バランスを取ろうとするより、「勝ち馬に乗る」という投票行動のほうがずっと多いため、「優勢」と書かれれば書かれるほど本当に「優勢」になっていくようなのだ。報道機関の調査が示すのは、自民党が日を追うごとに大敗の度を深めていく様子である。この1週間でも、何議席かを失ったのではないか。投票日を延期したことが祟っていることだろう。
 現在のような政府が支持されないのは当然だと思うし、私も政権交代を望んでいるけれど、「みんなが支持していない」とわかると自分も支持しなくなる、というのは、本当に支持しない態度とは似て非なる行動だ。「勝ち馬」に乗って非難するのは、主体の消えた無責任な非難であり、匿名性に隠れたネット上の中傷や、いじめの構造と同じだ。
 選挙はお祭りではない。その後6年間、私たちを縛る権限を特定の誰かに委ねる行為なのだ。政治が機能していないのは、選挙が政治的行為から離れて、「2ちゃんねる」的な祭り化しているせいもあるのではないか。
[PR]
by hoshinotjp | 2007-07-27 23:52 | 政治
 サッカーの話ばかりですみませんが、アジアカップ準決勝、日本対サウジアラビア戦。現時点での日本代表の限界をまた見せて、負けるべくして負けたと思う。「現時点での日本代表の限界」とは、準々決勝のオーストラリア戦、相手が10人になってから日本が見せた、攻撃の覇気のなさである。スピードを持ち、畳みかけるように怒濤であり、そしてもっとも肝心なシュートをどこからでも狙う隙のなさ、そういったものが欠けている(こう書くと、オシムジャパンというより日本代表がずっと抱えている弱点だけど)。攻撃に関しては、オーストラリア戦後半以降がそのまま続いているかのようだった。2得点のいずれも、尻に火がついて覇気が出たときに何とか取れたもの。それ以外は、何とシュートの少なかったことか。終了間際に必死でミドルも撃っていたが、なぜもっと早くから撃たないのだ。本番でたくさん撃たなければ、いざというときのシュートはうまくならない。後方でのとろーんとしたパス回しといい、ジーコジャパンを見ているようだった。
 でも私はこの試合は危ないと思っていた。友人たちと試合前に話していても、まあ今日は何とか行けるんじゃないかという楽観的なムードが漂っていた。それは選手にもあったような気がする。つまり、今大会の日本にとって、「因縁の」オーストラリア戦がピークだったのだ。あの試合に限っては、優勝よりもオーストラリアを倒すことのほうが重要になっていた。あそこで達成感を感じてしまって、テンションは落ちる局面にあったはずだ。加えて、高温多湿のハノイでずっと試合を続け、4日前には120分の延長戦を行ったがゆえの、肉体的疲労。日本は何かを使い果たしてしまったのだ。逆にサウジアラビアはこの日本戦に照準を合わせてきたようで、緊張感と意気込みが違っていた。
 私は、非常に残念ではあるものの、負けるべくして負けたのだから、これはこれでいいと思う。現状の日本のサッカーで優勝するのはよくなかった。今はまだ満足しなくていいのだ。実際このチームは進化し続けていて、ワールドカップ予選に向けておそらく選手ももっとタレントが加わり、まだまだ強くなると思えるから。
[PR]
 サッカー、アジアカップ、日本対オーストラリア戦、勝因はオーストラリアに退場者が出たこと。守勢に回って本格的には攻めてこなかったので、W杯のような後半終わりごろからの危機はなく、追加点を奪われずにすんだから、PK戦に持ち込めた。
 と、ネガティブに考えたくなるのも、10人で明らかに動けなくなっている相手から勝ち越し点を奪えなかったから。現時点での日本の実力は、オーストラリアに負けないけれど勝てない、というレベルであることがはっきりした。勝ちきるためには、やはり高原以外の得点力が必要だ。すなわちシュートを撃つ意欲とここぞというときの精度。
 もっとも、このチームの限界がはっきりしたのは悪いことではない。それに、PK戦まで想定しての心理的準備という意味では、日本がオーストラリアを上回っていた。つまり、あらゆる可能性に備えていた。だいたい大きな大会で優勝するチームは、1試合ぐらいはPK戦をしのいでいるものだし。
 勝利ではなかったけれど、これからW杯予選を戦っていくうえでも、オーストラリアへの苦手意識みたいなものが醸成されずにすんだのは重要である。
 大物は得てして大きな舞台でPKをはずすが、やっぱり高原も外した。日本では中田英寿がシドニー五輪ではずしている。
[PR]
「中国でダンボールが6割、肉が4割の肉まん」という報道があったときには、まあ中国なら何があっても驚かないけどね、と思っただけだったが、それが北京テレビのヤラセだとわかったときには、「もうかなわない」と思った。白旗である。お手上げ、降参。海賊版天国なんて思っている人はおめでたい、ニセモノこそが本物、本物はすべてニセモノ、捏造のニュースを捏造するのである。軽蔑したり腹を立てたり批判している者のほうが負けなのだ。そんな暇があったらさらに出し抜くことを考えなくては、やられてしまう社会なのだ、中国は。だが私などはそんな体力も気力もないから、ついまっとうに批判的な気分になったりしている。その時点で負けである。絶対的にかなわない。久しぶりに中国はすごいと思った。
 ところでまっとうな批判。たまたまニュースで大相撲の結果を見て、唖然。白鵬と魁皇の一戦、あれは誰がどう見ても魁皇の足が残っていて同体ではない。魁皇の勝ちだ。毎日新聞はこう書いている。「温厚でなる魁皇が『おれ(足が)出てた? おれが勝ったんじゃ面白くねえからな』と思わず毒づいた」。あれを同体取り直しにしたところに、相撲協会の見えざる手を感じた。まったくどうしようもない団体だ。白鵬は(朝青龍とは違って)本当に大横綱になりうる逸材なのだから、甘やかしてはいけない。
[PR]
by hoshinotjp | 2007-07-19 23:00 | 社会
 夏風邪はしつこく、一進一退。症状は軽いのだが、疲労が取れない。
 新潟でまた大震災。一報を知って真っ先に浮かんだのは、新潟出身だったりそこに関係している友人知人の顔。それからアルビレックス新潟の選手。中年にもなると、何か起こったときにその土地に関係する具体的な知り合いのことを思うことが多くなる。それだけで出来事の実感と重みが違ってくる。
 サッカーアジアカップの日本対ベトナム戦。この試合の収穫は、中村俊輔と遠藤の得点ではないかと思う。うまく行かないと批判を浴びやすいオシム門下生の巻が重要な同点弾を決めたのも私は嬉しかったけれど(巻がいかに欠かせない重要な選手かは、フットボールをよく見ている人にはわかるはず)、チーム全体としてはこの2人がペナルティーエリア付近で得点できたことで、得点能力が上がったことになるだろう。試合を追うごとに2人の得点への意識は高まっていき、3試合目にして結果を出せた。決勝ラウンドではそう簡単には得点できないと思うので、得点力向上という重要な段階で前進しているのは大きい。
 もう一つの収穫は、フォワードの9番を除けば平均身長が170センチそこそこという、高さに弱いベトナムの欠点をいかに突くかが課題だったが、それをさまざまな試行錯誤で突いて得点できたこと。巻の2得点も遠藤のフリーキックも、それが実現できての得点だった。
 タイトに試合を運ぶことができれば、やはり実力の差は大きい。けれど、そのタイトさが少しでも緩むとサッカーは何でも起こり得るので、実力差が消えるような結果となる。ユーロの予選でも、強豪国がものすごく小さな国に苦戦したりしている。決勝ラウンドでは、言うまでもないけれど、この気の緩みが出るかどうかが鍵になると思う。

 追記・コパアメリカ決勝を録画で見る。なぜアルゼンチンが完敗したのかわからず茫然。私はこの5年ぐらいいつもアルゼンチンがどうして負けたのかわからず茫然としている。毎年、最強のチームを作りながら、大きな大会のトーナメントでは優勝できないアルゼンチン。勝ちきるためには何かが足りないままなのだ。逆にブラジルは、勝ちきる勘所を知っている。正直なところ、このドゥンガのチームはかなり退屈なブラジルだが、試合ごとに手堅さを増し、アルゼンチンは点が取れそうになかった。
 ちきしょう、臥薪嘗胆だ。
[PR]
 このところの夜の低温多湿にやられて、今週中ほどから風邪を引く。電車内やレストラン、冷房きかせすぎ。クールビズの意味がない。
 アジアカップ、日本対UAE戦、やっぱり高原はすごい。でも、世界の中堅を占めるチームは、組み立てた攻撃をきちんと活かせる、このレベルのフォワードがいて当然なのだ。日本はこれまでまともなフォワードがいなさすぎた。
 中村俊輔と遠藤も、前の試合に比べると、自分でもシュートを撃とうとする意識がぐっと高まっていた。今後さらに高めてほしいものだ。中村にはあそこで左足に持ち替えずに右足で即シュートを打てるようになってほしいが、それは要求しすぎか?
 前の試合を完封で勝っていれば、今日の1失点は、あまり気にならなかったかもしれない。相手も弱くないのだから1失点ぐらいするだろうし、それを上回る点を取っていればいいのだ、と思えたかもしれない。けれど、カタール戦のような失点で勝ちを逃した後である以上、同じような気の緩んだ失点をしないことが重要な課題であったはずで、あの1失点は非常に気になった。
 ドリブル突破で得点をお膳立てしたUAEの13番A・モハメドは、後半に交替で入った直後も高速のドリブル突破からチャンスを作っている。日本はその時点で、13番がどういう選手かわかっていたはずなのだから、2度目にドリブルを始めたときにはもっと厳しい対応をしていなくてはならなかった。しかも2度目はUAEは10人で、日本は人数をかけて対応できたのだ。同じ試合中に修正ができずに、2度のドリブル突破を許して失点した、というところに不安が残った。
 残り5分でのパス回しは、去年のワールドカップ決勝ラウンドでも何度も見た光景。こういう大きな大会では、必要なプレーである。
 もしワールドカップがこの季節の東南アジアで開かれたら、おそらくヨーロッパの強豪は続々と負けていくのではないか。日本は気候的なハンディには強い気がする。
 あたりまえだけど、ちまたのさまざまなサッカー観戦者のブログを読むと、テレビ朝日、角澤―松木のコンビの評判は本当に悪い。かなりのサッカーファンがNHK―BS1で中継を見ることを選んでいる。最低であることに気づかないのは本人たちのみ。頼むからテレ朝には日本代表戦の放映権を取らないでほしい。もっとも、NHKも栗田―山本はけっこうひどいが。
 ところで同じ時期に行われているコパアメリカ(南米選手権)、アルゼンチンがぶっ飛んでいて、痛快極まりない。現代サッカーを無視したこの強さ、サッカーファンならこたえられないはず。だいたい、世代交代するべき時期に、ベロンが復帰し、サネッティ、アジャラが大活躍している。
 加えて、私が今世界最高のボランチだと思うマスケラーノ。チャンピオンズリーグ決勝でカカーを完全に押さえ込んだやつだ。得点能力も非凡ではないことを見せつけている。メッシについては、やっぱりどうにも南米の選手だったんだなあと思う。
 そして何と言っても、「俺様」リケルメ(「王様」ではない)。今どきバルデラマみたいなのだ。死語と言ってもいい「キラーパス」を連発する。私はまだ、今大会で一度も彼の笑った顔を見ていない。あの不機嫌そうにガンを飛ばしているような表情と、muy mafiosoなバシーレ監督の強面を見るだけで、この大会がカタギの大会ではないことがよくわかる。決勝の相手はロニカカ抜きの「凡庸な」ブラジル。garraでぶちかましてくれ。
[PR]
c0104199_14442427.jpg

 講談社文庫より『毒身』が発売になった(単行本『毒身温泉』を改題)。メインの収録作「毒身温泉」を大幅に書き直したことは、すでにこの日記で書いたとおり。焦点が誌漏れたため内容がわかりやすくなったし密度も増したと思う。新しい作品というつもりで送り出すので、一度読んでくださった方にもまた読んでいただけたらと願う。
 解説は陣野俊史さん。陣野さんはこれまで、私が作品を出すたびに必ず何らかの公の活字媒体で論じてくださっている。十年もやってきて漏れなく言及してもらっているというのは、奇蹟に近い。もはや陣野さんの読解は私の中でも一つの基準をなしていて、それを無視しては書けないほどである。それだけ一貫して読み続けられているので、こちらもごまかしがきかない。そのような浅からぬ縁の批評家に解説をお願いするのは、ある意味で緊張があったが、私の作品世界を熟知してくださっている読み手ならではの解説を書いていただけた。「毒身温泉」論としても、初めての読者への入門ガイドとしても、十年の理解が礎となったすばらしい論だと思う。
 装画は、岩清水さやかさん。先にも書いたとおり、4年前に「星野賞」を実施したときの大賞作品だ(これで「星野賞」受賞者お三方すべてに、私の本の装画を手がけていただいたことになる)。私が『毒身』三部作を書いたときに思い描いたイメージに最も近い装画で、これが作品を包むカバーとなるなんて、はまりすぎと思うぐらいぴったり。それを坂川事務所の田中久子さんがシャープな装幀にデザインしてくださった。
 今回も本作りが楽しかったし、自分では満足度の高い、申し分のない本ができて嬉しい。関係する皆さんに深く感謝しています。
[PR]
by hoshinotjp | 2007-07-11 15:15 | お知らせ
 大変がっかり。サッカーのアジアカップ初戦、対カタール戦。何もかも吹っ飛ぶほどの高原のスーパーゴールで、あとは大人の戦いをして、初戦としては大変いい入り方をしたと言えるのではないか、などと思い始めていたところ、終了間際、ミスから同点に。これまで十何年と日本代表を見てきた人たちは、「またか」と深いため息をついたことだろう。大きな国際大会で、終わりの10分を逃げ切れないのが「日本病」なのだ。いったい、何年経験を積めば克服できるのだろう。ここまで根深いと、これは日本社会全体に根づいている性格だと考えるほかない。
 心配されたコンディションもそう悪くなく、深い芝についてもそれなりの慣れを見せていて、新興国カタールと比べるとふところが一回り深いところを見せた戦いができていたと思う。前半はもっと走ってほしかったが(特に右サイド)、リーグ戦初戦の前半ゆえリスクを最小限に抑えるという意味では、必要なことはできていた。
 怪しいムードが漂い始めたのは、負けているカタールが前線から人数を掛けてボールを奪いに来たころ。なぜ日本はそこでもっと攻撃に出て相手を押し下げられなかったのだろう。失点しないことを優先するあまり、後ろでの危ういパス回しが続いて、ミスの可能性が増えていた。圧倒的に攻められていたわけでもないのだから、相手を押し下げることは可能だったはずだ。消耗しないで守ろうとしたのだろうか。どこかでカタールを舐め始めていたのではないか。
 それで守りの質を高める必要に迫られ、やむなく橋本を投入したのだが、チームは変わらなかった。個々の誰というのでなく、あの局面で積極的な守りと攻撃で相手をかわすことができなかったチームのありようが、失点を招いた。フリーキックでの壁の作り方もお粗末。
 高原以外の決定力も相変わらず。山岸や羽生のシュートの精度よりも、シュートしない遠藤と中村にイライラした。この2人がシャドウとして決定的なシュートを撃たなかったら、高原の後ろに3人置く意味がない。オシムは著書『日本人よ!』で、中村俊輔に、もっと相手にとって直接的に危険な選手になれ、と言っている。つまり、流れの中でもゴールを取るフォワード的な選手になれ、ということだ。カカーみたいに。その能力があるということだ。さもないと、高原頼みで、決定力不足は解消しない。
 それにしても高原はすごい。1人だけ別次元でサッカーしている。オーラがある。インタビュー下手で自分のことか紋切り型しか話さなかったのに、今日はチームについて的確なことをよくしゃべった。自覚のなせるワザか。
[PR]