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 光市の母子殺人事件の判決、何だかとても後味が悪い。「死刑」が「私刑」に見えてくる。普通に裁判が行われた結果、極刑となるのであれば、それは尊重すべきだと思う。けれど、この判決は、「普通に裁判が行われた結果」なのだろうか? 弁護団のやり方にも非常に納得がいかないが、事実を明らかにすることよりも被告を葬り去ることに熱狂した世論にも、嫌悪を覚える。少なくとも、この事件の審理は、高裁での再審が始まるまではこんなふうじゃなかった。
 事件の内容を思えば、被告に極刑はありえるだろう。けれど、まるで何かの憂さを晴らすかのように、やみくもに焼き討ちするかのように、当事者ではない者たちが被告を死刑にしろと要求したさまは、とても法治国家の姿とは思えなかった。今、この社会で陰に日向に日々繰り返されているさまざまなバッシングやいじめのひとつにしか見えなかった。
 私はこれまで、死刑の存在を否定しきれないでいた。必要悪だと思ってきた。けれど、今の日本社会のように、世論の要求に押されて死刑判決を乱発し、現法務大臣のごとく大量に死刑を執行していくとなると、極刑が死刑であっていいのか、という気分になってくる。死刑は抑止のはずだったのに、社会の鬱憤を晴らす行為へと変わり果てている。犯罪を犯した者たちと同じようなメンタリティが、死刑判決を要求している。
 現に今日、光市事件の判決報道の陰で、それを裏づけるようなニュースがあった。タクシー運転手を殺害した21歳の自衛官が、「人を殺して死刑になりたかった」と供述しているというのだ。このフレーズを、最近の殺人事件で何度目にしたことか。死刑はもはや凶悪犯罪の抑止になっていない。これだけははっきりしている。そして、抑止という観点を持たないならば、死刑は存在意義を失ったも同然だ。ただの合法的な報復と人殺しに過ぎない。
 匿名の集団的熱狂が力任せに暴力を要求するような社会である以上、極刑という抑止のあり方、更生へ導けるあり方を考え直す必要がある。そしてより重要なことは、なぜ、匿名の集団的熱狂が必要なのか、その集団が暴力に飢えているのか、そのことを考えることだ。私が思うに、それは凶悪犯罪と同根なのだから。
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by hoshinotjp | 2008-04-22 23:37 | 社会
 先日紹介したアルゼンチン映画『今夜、列車は走る』、今週発売の「ぴあ」で、この1週間に公開された映画のうち(「つぐない」とか「ジェーン・オースティンの読書会」とか)、観客からの評価がなんと89.0点で1位だそうだ。これは公開初日の初回と2回目の上映を見た観客に、ピアノ調査員が直接アンケートして調査するものだという。週刊現代、サンデー毎日、日経新聞、朝日新聞にも次々と取りあげられている。
 まあそういった評判がなくとも、この映画は寸暇を惜しんで、無理をしてでも見ておく価値のある作品である。見れば、どうしても忘れられなくなる。東京・ユーロスペースでの日中の公開はとりあえず25日(金)までなので、お見逃しなきよう。レイトショーでは5月9日(金)まで。
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by hoshinotjp | 2008-04-17 17:39 | 映画
 本日11日の東京新聞夕刊で、摂南大学の北條ゆかり教授が、オリンピックを前にした開催国による国内住民虐殺について、1968年のメキシコと今回の北京を比較した記事を書いていた。
 北條氏の説明にあるとおり、40年前のこの事態に抗議したのは、当時メキシコの駐インド大使を務めていた、ノーベル賞詩人であるオクタビオ・パスで、大使を辞任した。
 その後、東西冷戦下の1980年代のオリンピックでは、モスクワとロスでそれぞれ西側、東側がボイコット、選手は参加できなかった。
 今回は、いったいどのような抗議が可能なのだろう? 3月17日の日記にも書いたとおり、オリンピックは政治及びナショナリズムと切り離せないイベントである。スポーツと政治(と、今は経済も)が表裏一体となる形で、近代スポーツは発展してきた。スポーツに政治を巻き込むなと言うが、参加の単位が国家である巨大な大会は、その存在が政治的以外のものではありえないのだ。
 ただし、選手は必ずしも自らの政治的考えに従って参加するわけではない。近代スポーツの国際大会の政治性を内側から食い破れるのは、選手でもあるのだ。だから、選手の参加できないボイコットという手段は、たんに参加国の政治的な仕掛けに乗ってしまうことを意味する。
 各国政府の対応としては、そのあり方に対する批判をはっきりと表明することと、その態度表明の手段として開会式をボイコットするという手段が、今のところ模索されているわけである。
 だが、ヒトラーの時代のベルリンオリンピックに象徴されたように、オリンピックは超強力なメディアだからこそ、国家(特に発展の渦中にある国)は威信を賭けて開催するのだ。見る者に、国家側の望むありとあらゆる「洗脳」を施すのに、絶大な効果があるからだ。
「見る者」とは、中国の住人と、私たち他国の住民である。つまり、各国政府だけでなく、私たちオリンピックを見る側が何らかのボイコットをしないかぎり、中国政府には世界の非難を突っぱねて現状で開催するメリットのほうが大きいのだ。そのメリットとは当然、競技を見に来る人や放映を見る人から得られる経済的な利益、そして自らの大国化実現だろう。
 私は一個人として、どのようなボイコットが可能なのか、どうすればオリンピックを中国政府のためのメディアでなく単なる競技会に変えてしまえるのか、そしてどうすれば参加選手が政治性を無効にしてしまう可能性を残せるのか、思案している最中である。開催直前まで、中国政府の対応を注視しながら、迷い続けるだろう。
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by hoshinotjp | 2008-04-11 22:20 | 政治
 あさって12日(土)から、渋谷のユーロスペースで、アルゼンチン映画『今夜、列車は走る』がいよいよ公開される。4月8日の朝日新聞朝刊では沢木耕太郎氏が取りあげていたり、4月4日の産経新聞では監督であるニコラス・トゥオッツォ氏のインタビューが掲載されたり、今日10日付の東京中日新聞の朝刊では東ちづるさんが紹介していたりするので、すでにご存知の方も多いかもしれない。
 鉄道会社の民営化により職を失った鉄道員たちが、次第に人生そのものを失っていく過程が、残酷かつ滑稽に描かれていく。その様子は、民営化や公共の仕事の民間会社委託が極端に進む日本でも、まったく他人事ではない。しかし、この映画のすばらしいところは、そうやって失われた者たちが、そしてその子どもたちが、状況を打開する力を最後に取り戻していくところにある。
 映画は結論を示さない。状況を変える手段が見つかったわけでもない。かれらの境遇も変わりはしない。それなのに、ラストへ向かって行くに従って、これほど勇気づけられ、希望を感じ、沈みきっていた気分が上向いていくのは、なぜなのだろう。私はいわゆる「泣ける映画」には関心がないし、見たところで泣いたことはほとんどないが、この映画は後半からもうボロボロだった。10回見たら10回泣くだろう。そして、あと10回でも20回でも見たい。
 前回の日記でも触れたとおり、この映画を配給しているのは、キューバ映画『永遠のハバナ』『低開発の記憶』を配給した「アクション・インク」の比嘉世津子さん。「人生、好きなことしかしない」をモットーに、自分のツボにはまったラテンアメリカの映画を日本に紹介するために、スペイン語の通訳をしながら、全財産と全労力を注いでいる。そのお人柄とパワーは、比嘉さんのブログ「ラテン!ラテン!ラテン!」をご覧いただければわかるでしょう。
 東京以外での公開も、この映画のサイト、および比嘉さんのブログで逐一告知されます。
 ぜひともお見逃しなく!
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by hoshinotjp | 2008-04-10 17:47 | 映画
 企業が、総会屋に株主総会を荒らされるのを恐れてカネを払ったり、暴力団関係者を接待したり治安維持費を払ったり、右翼の発行する業界誌を法外な額で講読したりすれば、企業のモラルが問われるだろう。住民を脅かす暴力に結果的に荷担したことになるからだ。また、かつてTBSが、オウム真理教を取材したビデオテープを、オウム真理教の要求により放送前に手渡して見せるという事件もあった。このときも、企業そして公共のメディアとしてのモラルが大いに問われた。
 ドキュメンタリー映画『靖国YASUKUNI』に関して起こっているのは、それと同じようなことだ。国会議員には強大な権力が与えられており、それは法的には暴力団の力をしのぐ。そして、権力とは究極的には暴力である。そのような力を持つ国会議員が、自由に作られたはずの映画を公開前に見せるよう要求し、特権的にコメントする。これは、暴力団員が威嚇的に企業を訪ねたり、オウム真理教が事前にビデオを見せるよう要求したりするのと、何ら変わらない行為である。そして、上映を中止した映画館の経営側は、暴力団にカネを払ったり、TBSが事前にビデオを見せたりしたのと、同じ対応法を取ったことになる。
 何とも薄汚いやり方だと感じる。もし、中国に批判的である人たちが、中国籍の映画監督が日本政府の助成金で靖国のドキュメンタリーを撮るなんてけしからんと思うなら、この映画が公開されることを支持するべきである。都合の悪い出来事は報道もさせない中国政府と同じような態度を支持するべきではない。公開させない圧力を掛けたがっているのであれば、その者たちは中国政府と似た者同士となるだろう。そっくりだから憎むのかもしれない。
 そんな中で大阪の第七藝術劇場が、この作品の公開を決めた。おお、あの第七藝術劇場。行ったこともないけど、よく知っている。『永遠のハバナ』『低開発の記憶』といった、すぐれたキューバ映画を公開した映画館だからだ。さすが第七藝術劇場。
 ちなみに、これらの作品を配給しているアクション・インクの比嘉さんが、今またすばらしい映画を公開しようとしている。アルゼンチンの『今夜、列車は走る』。東京では来週12日からなのだが、詳しくはまた今度。
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by hoshinotjp | 2008-04-03 23:11 | 社会
 これを見て、久しぶりに息が止まるほど笑った。茂木健一郎氏の印象が好ましいものに変わった。これを製作したwebデザイナーの中村勇吾氏はすごい!
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by hoshinotjp | 2008-04-01 23:44 | 身辺雑記