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 さまざまな食品の値上がりにもはやいちいち落胆もしていられないが、それでもスーパーで見て茫然自失してしまったのは、亀田の「柿ピー」が50円近くも値上がりしたことだった(それまでの200円程度が約250円になっていた)。私は半ば中毒と言ってもいいほどの柿ピー好きで、亀田の6袋入りの柿ピーでなければならず、いっときは毎晩食べていた。この夏は、期間限定で、消費者からのアンケートにより開発された新しい味「ペッパー・マヨネーズ」味が発売されるので、去年から楽しみにしており、いそいそと買いに出かけたところ、通常の柿ピーまでも値上がりしているのを見て、ショックを受けてしまったというわけだ。ちなみに「ペッパー・マヨ」は280円もした。
 それにしても、柿ピーの原材料は米と落花生。もちろん、しょうゆが大豆だとか、いろいろ理由はあるのだろうが、全部総合しても50円も上がるというのは、少々解せない。落花生が高騰しているのか?
 まあ、これを機会に、柿ピー依存症から脱却しようと思う。肝心の「ペッパー・マヨ」味は、去年だかおととしだかに限定発売されていた「しょうゆマヨネーズ」味とあまり変わらず、少し期待はずれだった。一袋の量も少ない気がするし。
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by hoshinotjp | 2008-07-28 23:35 | 身辺雑記
「コロンビアの良心」
 反政府ゲリラに拘束されていたコロンビアの政治家イングリッド・ベタンクールが先週、軍による劇的な無血救出劇によって、突然、解放された。世の中から希望がついえるような出来事ばかりなので、このニュースは本当に嬉しい。
 彼女がコロンビア革命軍(FARC)によって誘拐されたのは、二〇〇二年、大統領選の最中だった。以後、逃げ出さないよう三年にわたって首輪でつながれるなど、数々の虐待を受けたという。
 六年以上、恐怖を強いられたにもかかわらず、戻ってきたベタンクールは、拘束される前の毅然としたベタンクールそのままだった。報道によると、FARCのやり方を厳しく断罪しながら、「武器を捨てて、ベネズエラのチャベス大統領のように合法的に世を変えることを考えろ」と促し、また自分を救出した「テロとの戦い」推進派のウリベ大統領を評価しつつ、「過剰に憎しみをあおる物言いはそろそろ変えるべきだ」と語る。
 私はベタンクールのこんな姿勢に、いつも勇気づけられてきた。徹底して筋を通し、妥協せず、諦めない。麻薬組織と結びついた腐敗政治を一掃するという信念のもと、大統領を始めさまざまな政治家の不正を容赦なく暴いていく。その様子は、誘拐される前に書かれた自伝『それでも私は腐敗と闘う』(草思社)に詳しい。
 絶対に口をつぐまない。見て見ぬふりをしない。その態度を示し続けるだけで、どれだけ大きな希望をコロンビアの人々に与えたことか。同じ態度は、日本でも応用可能だと私は思っている。
(東京新聞 2008年7月11日付夕刊1面「放射線」より)

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by hoshinotjp | 2008-07-25 23:51 | 政治
 今年の夏は、夏らしい夏だと思う。ここ数年、梅雨明けは8月に入るころ、そのあとは台風の連続、そして白っぽく霞んだ空に35度を超える気温、という夏が多かった。今年は夏休みの前に梅雨が明け、青い空に綿雲が浮かぶ。雨が少ないので、ケヤキの枝の先端がしおれて、柳のように垂れ下がっている。そして今年は、桃がめっぽう美味い。日々、桃とスイカばかり食べている。
 ただ、蝉が少ない。暑いのに静かなさまは、何だか夏の終わりっぽくもある。夏至のころから比べると、だいぶ日も短くなった。日暮れ時に吹きはじめる風は、案外涼しい。真夏の中に、秋の芽はもう形を見せている。

 追記・などと書いたが、今日の夕方の風はとてつもない熱風だった。
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by hoshinotjp | 2008-07-23 14:16 | 身辺雑記
 毎週金曜日の東京新聞夕刊1面で、7月4日より半年間の予定で、「放射線」というコラムを連載している。1、2週遅れになるが、こちらにも転載していくことにする。
 以下、初回のエッセイ。

「嫌がらせの連鎖」
 梅雨時は教育実習の季節である。私が子どものころは、実習の若い先生が来ると、教室が非日常空間に一変するので、楽しみだった。
 その教育実習の現場で異変が起きていると、大学で教えている友人から聞いた。
 友人の教え子である四年生が二人、母校で実習に臨んだ。期間が終わるころ、友人は教え子たちの授業を見学。なかなかいい授業をしているし、担当の指導教諭は「自主的に遅くまで仕事してくれているんですよ」と評価しているしで、安心して引き上げた。
 ところが、実習を終えた学生たちは、顔を合わせるなり悔し涙を流し、次のような報告をしたという。
 いわく、先生(私の友人)が挨拶に来たとたん、指導教諭の態度が豹変して優しくなった。それまでは一人はまったく放置され、授業もろくに見てもらえなかった。もう一人は理不尽なことを言われ続けた。例えば、ノルマを終えたので夜七時に帰宅したところ、翌日には「勝手に早く帰るな。どうせ教師になるつもりもないくせに、もう来るな」などと罵倒された。
 このような、指導教諭による実習生へのハラスメントは、増える一方だという。
 中学高校の教育現場では、親からのクレームや上からの管理、生徒のトラブルなど、教師に過重な負担がかかっていることも現実だろう。だが、そのストレスを、より弱い立場の実習生に向けてしまうような現状は、ひたすら悪循環を繰り返しているだけだ。子どもは無意識に、そんな生き方を真似していくのだから。
(東京新聞 2008年7月4日付夕刊1面「放射線」より)

 この後に大分県教委の唖然とする事件が発覚。ただし、「教育はどうなっているんだ」と腹を立てるのはお門違いだ。教育現場で起こっていることは、日本社会のどの現場でも起こっていることだと考えてよい。ここで書かれた姿にせよ、大分県教委の様子にせよ、私たちのグロテスクな似姿なのだ。他人事のように腹を立てるよりも、今、自分は鏡を見ているのだと思って戦慄すべきである。
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by hoshinotjp | 2008-07-18 21:10 | 社会