2009年 01月 04日
2009年1月4日(日) |
オシムが日本を去ってしまった。日本のサッカー界は、かけがえないのない人物を軽率に手放してしまった。無念極まりない。
たとえ指導はできなくても、オシムがスタジアムに来て、Jリーグから代表にいたる試合を観戦しているだけで、選手にも観客にも岡田監督にも無言の影響力を発揮していたと思う。しっかり見ているんだから気を抜くな、というプレッシャーを与え続けていたと思う。オシムはそういう重力を与えられる人物だった。それが消えてしまうことは、日本のサッカー環境が、少し弛緩することを意味する。日本サッカーを見守りたい熱意を持っているオシムを、サッカー協会はきちんと活かせなかったのではないかという後悔が残る。
オシムのこの重力はどこから来るのか。
年末に、オシムが長い推薦のコメントを寄せていた、サラエボの映画『サラエボの花』(原題は『グルバヴィッツァ』)を見た。オシムの生まれ育った町グルバヴィッツァで、ボスニア戦争時に実際に起こった悲劇を、とても静かに描いた作品である。思い出すだけでも涙が出てくるような、不条理と愛情に満ちた作品だった。この映画で描かれるような現実を、オシムも体験したのだ。「サッカーで起きることは人生でも起きる」。よくオシムが口にしたフレーズの、「人生」の部分をこの映画に置き換えて想像してみると、オシムは、これほどまでに理不尽でいたたまれない出来事をいかに乗り越えるか、サッカーを通じて考え伝えようとしてきたのだということがわかる。だから、オシムとともにサッカーをし、サッカーを見、喜怒哀楽を感じることは、人間の醜悪さの極限から限りない美しさまでを学ぶことに等しかったのだ。
オシムは自分が体験した極限を、サッカーという言語に翻訳して、選手や観客に伝えてきた。私たちに伝えたかったことはまだまだ残っていただろうに、私たちはもっと学べるはずだっただろうに、本当に残念である。何らかの形でまた戻ってきてくれることを切望している。
たとえ指導はできなくても、オシムがスタジアムに来て、Jリーグから代表にいたる試合を観戦しているだけで、選手にも観客にも岡田監督にも無言の影響力を発揮していたと思う。しっかり見ているんだから気を抜くな、というプレッシャーを与え続けていたと思う。オシムはそういう重力を与えられる人物だった。それが消えてしまうことは、日本のサッカー環境が、少し弛緩することを意味する。日本サッカーを見守りたい熱意を持っているオシムを、サッカー協会はきちんと活かせなかったのではないかという後悔が残る。
オシムのこの重力はどこから来るのか。
年末に、オシムが長い推薦のコメントを寄せていた、サラエボの映画『サラエボの花』(原題は『グルバヴィッツァ』)を見た。オシムの生まれ育った町グルバヴィッツァで、ボスニア戦争時に実際に起こった悲劇を、とても静かに描いた作品である。思い出すだけでも涙が出てくるような、不条理と愛情に満ちた作品だった。この映画で描かれるような現実を、オシムも体験したのだ。「サッカーで起きることは人生でも起きる」。よくオシムが口にしたフレーズの、「人生」の部分をこの映画に置き換えて想像してみると、オシムは、これほどまでに理不尽でいたたまれない出来事をいかに乗り越えるか、サッカーを通じて考え伝えようとしてきたのだということがわかる。だから、オシムとともにサッカーをし、サッカーを見、喜怒哀楽を感じることは、人間の醜悪さの極限から限りない美しさまでを学ぶことに等しかったのだ。
オシムは自分が体験した極限を、サッカーという言語に翻訳して、選手や観客に伝えてきた。私たちに伝えたかったことはまだまだ残っていただろうに、私たちはもっと学べるはずだっただろうに、本当に残念である。何らかの形でまた戻ってきてくれることを切望している。
by hoshinotjp
| 2009-01-04 22:18
| サッカー・スポーツ

