2010年 01月 09日
2010年1月9日(土) |
先日、必要があって大岡昇平の「野火」(新潮文庫)を20年ぶりぐらいに読み返した。やはり、私の小説観は、こういった小説によって形作られているなあと感じる。呪いの言葉を知ってしまったようなこの胸騒ぎこそが、小説だと感じるのだ。
で、文庫の解説は、吉田健一が昭和29年に書いたものだった。吉田健一は、「大岡昇平氏の作品を読めば読む程、日本の現代文学に始めて小説と呼ぶに足るものが現れたという感じがする」と書き出している。あれ、俺が思っているのと同じようなことを言っているな、どういうことだ? と思って読み進めると、要するに私小説批判なのだった。日本のとある小説がアメリカで紹介されたら「すぐれたエッセイだ」と褒められた逸話を紹介し、「例えば島崎藤村が書いたようなものが小説で通るならば、あまり理屈っぽいことを言いさえしなければ大概何でも小説であっていい訳で」と手厳しい。
我ながら驚いたことに、ほんの20年ぐらい前まで日本語文学は「小説=私小説」というしつこいくびきと格闘し続けていた、という事実を、最近の私はすっかり忘れていた。「私」の感覚を書けば普遍に通ずる、という傲岸不遜な思い込みが、日本近代文学の風土を作ってきたことに対し、現代(特に戦後)の小説家たちは抵抗してきたのだ。「私」の人生経験と感覚こそ普遍、という思い込みがあるからこそ、作家の無頼神話も確立された。破天荒な生き方をするほど普遍的な真実に触れているのだ、という都合のいい神話。それが、「作家は型破りな人間」という、奇妙な文士イメージも作ってしまった。それはいまだに生き延びていて、案外と多くの小説家は、デビューする前の平凡な自分など忘れたように、特別で無頼な自分を気取り始める。
吉田健一の解説を読みながら思い出したのは、「J文学」のことだった。私がデビューした10年ぐらい前、文芸復興を目指して「文藝」が「J文学」というフレーズを仕掛け、一時期もてはやされたことがあった。この言葉自体には定義はなかったが、そのころに確かに文学のとある変化は起きていた。その変化を、私は「新・私小説」だと考えていた。すなわち、自分たちの身近な出来事を、自分の感覚に正直に等身大で描く、という小説が続々と登場し始めていたのである。それは1980年代90年代の、ある種、前衛的な意識で書かれた小説への反動であったことは確かだ。だから、切実さに突き動かされて登場したことは否めない。
にもかかわらず、私が違和感を覚えたのは、それらの小説の内輪性である。身近な出来事を自分の感覚で等身大に描くことで、同じ感性を共有する者たち同士で「わかる、わかる」と共感しあう。それがスタートとして必要なことは否定しないが、それだけで終わってしまったら、自分たち以外のものが消えてしまう。小説の世界は、「自分の感性=普遍」として閉じてしまい、それを共有しないものを排除する。つまり、私小説なのである。(むろん、私小説もピンキリだが、私が問題にしているのは、自分=普遍という傲慢な感性のことである)。
これはまさしく、12月31日の日記で書いた事態ではないか。だが、私が「新・私小説」のことを考えたころ以降、それらの小説はあっという間に文学のメインとなり、私は違和感だけ残して、「新・私小説」だと考えたことを忘れてしまった。
現在は、旧来の私小説に私淑して「旧・私小説」を書いている作家も何人かいるが、それらの作品は、私の感覚では「私=普遍」という意識で書かれた小説とは違う。今、「旧・私小説」を書くことは、相当なマイナー性を強いられるから。
私小説の風土は、それとは見えない形を取って再び現れる。それが私の思う「新・私小説」群だ。それらに対し、私も吉田健一のような思いを抱いている。
で、文庫の解説は、吉田健一が昭和29年に書いたものだった。吉田健一は、「大岡昇平氏の作品を読めば読む程、日本の現代文学に始めて小説と呼ぶに足るものが現れたという感じがする」と書き出している。あれ、俺が思っているのと同じようなことを言っているな、どういうことだ? と思って読み進めると、要するに私小説批判なのだった。日本のとある小説がアメリカで紹介されたら「すぐれたエッセイだ」と褒められた逸話を紹介し、「例えば島崎藤村が書いたようなものが小説で通るならば、あまり理屈っぽいことを言いさえしなければ大概何でも小説であっていい訳で」と手厳しい。
我ながら驚いたことに、ほんの20年ぐらい前まで日本語文学は「小説=私小説」というしつこいくびきと格闘し続けていた、という事実を、最近の私はすっかり忘れていた。「私」の感覚を書けば普遍に通ずる、という傲岸不遜な思い込みが、日本近代文学の風土を作ってきたことに対し、現代(特に戦後)の小説家たちは抵抗してきたのだ。「私」の人生経験と感覚こそ普遍、という思い込みがあるからこそ、作家の無頼神話も確立された。破天荒な生き方をするほど普遍的な真実に触れているのだ、という都合のいい神話。それが、「作家は型破りな人間」という、奇妙な文士イメージも作ってしまった。それはいまだに生き延びていて、案外と多くの小説家は、デビューする前の平凡な自分など忘れたように、特別で無頼な自分を気取り始める。
吉田健一の解説を読みながら思い出したのは、「J文学」のことだった。私がデビューした10年ぐらい前、文芸復興を目指して「文藝」が「J文学」というフレーズを仕掛け、一時期もてはやされたことがあった。この言葉自体には定義はなかったが、そのころに確かに文学のとある変化は起きていた。その変化を、私は「新・私小説」だと考えていた。すなわち、自分たちの身近な出来事を、自分の感覚に正直に等身大で描く、という小説が続々と登場し始めていたのである。それは1980年代90年代の、ある種、前衛的な意識で書かれた小説への反動であったことは確かだ。だから、切実さに突き動かされて登場したことは否めない。
にもかかわらず、私が違和感を覚えたのは、それらの小説の内輪性である。身近な出来事を自分の感覚で等身大に描くことで、同じ感性を共有する者たち同士で「わかる、わかる」と共感しあう。それがスタートとして必要なことは否定しないが、それだけで終わってしまったら、自分たち以外のものが消えてしまう。小説の世界は、「自分の感性=普遍」として閉じてしまい、それを共有しないものを排除する。つまり、私小説なのである。(むろん、私小説もピンキリだが、私が問題にしているのは、自分=普遍という傲慢な感性のことである)。
これはまさしく、12月31日の日記で書いた事態ではないか。だが、私が「新・私小説」のことを考えたころ以降、それらの小説はあっという間に文学のメインとなり、私は違和感だけ残して、「新・私小説」だと考えたことを忘れてしまった。
現在は、旧来の私小説に私淑して「旧・私小説」を書いている作家も何人かいるが、それらの作品は、私の感覚では「私=普遍」という意識で書かれた小説とは違う。今、「旧・私小説」を書くことは、相当なマイナー性を強いられるから。
私小説の風土は、それとは見えない形を取って再び現れる。それが私の思う「新・私小説」群だ。それらに対し、私も吉田健一のような思いを抱いている。
by hoshinotjp
| 2010-01-09 23:40
| 文学

